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第67話

 いつから覚醒していたのか自覚はないが、涙に濡れた枕の冷たさに千世は目を覚ました。 (朝、か……暗いなぁ)  今日の空は薄暗く、分厚い雲に覆われていた。今にも雨が降り出しそうだ。  重い身体を起こしてしばらくは窓の外を眺めていた。この行為に意味があった訳でない。強いて言うなら、本来起床するはずだった時間までの暇潰しだろうか。今日はいつもより十分ほど早く目が覚めてしまったのだ。  だがその時間も終わると、学校へ行く準備をしなければならない。  今日着ていく服を選ぶために箪笥たんすを開けるが、そこでまたあのことを思い出してしまった。  箪笥(たんす)の中にはサイズが合わなくて着られなくなってしまった泰志の服が入っているからだ。昔から泰志は洒落た服を好むが、最近それに拍車がかかってきたので、彼が中学生の頃着ていたものがサイズもデザインも千世にぴったりなのだ。  今日はそんなお下がりを着る気にはなれなかったので、元から持っていた服に袖を通す。 「はぁ……」  あの日以来溜息をつくことが多くなった。こんなことがいつまで続くのかと思いながら居間に下りると、もうそこに泰志の姿がある。 「おはよ、千世にぃ」  その笑顔は五日前のいざこざを全く感じさせないほど清々しい。どうやったらそんな風に振る舞えるのかが謎で仕方なかった。  千世は上辺だけの挨拶をしていつものように台所で祖母の手伝いを始めるが、これも上辺の行為でしかない。『いつも通り』を装わなければみんなを不安にさせてしまう。『いつも通り』のことをしないと、自分が保てなくなりそうだ。  まさか、何でもない日常が恋しくなる日が来るなんて、と千世はまた溜息を()いたのだった。

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