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第69話

    *** 「――うっ!」 「どうした宇藤? 飯が気管にでも入ったのか?」 「い、いや、そうじゃないよ。大丈夫」  その日の昼休み。千世は友人の高河(こうが)と学食で談笑しながら昼食を取っていた。といっても、千世は周りと違って持参してきた弁当をつついている。元から食が細いのに最近は食欲が湧かないから小さめの弁当箱だ。  泰志とも廉佳とも関係のない友達と話している間は、しばし身内の問題を忘れられた。だが千世は廉佳に憧れて彼と同じ大学に入ったため、学内で出くわすこともしばしばある。入学当初はむしろそれを狙っていたのだが、何分(なにぶん)今は都合が悪い。  偶然通りかかった廉佳と、これまた偶然眼が合ってしまい、千世は慌てて顔を伏せたという訳だ。 「もしかして福津先輩のこと見てた?」 「何で分かるの!? っていうか、廉佳さんのこと知ってるの?」 「言ってなかったっけ? 俺、先輩とは漫研で一緒なんだよ。それに宇藤の視線、完全に先輩に向いてたしな」 (そんなに分かりやすかったのか……次から気を付けないと) 「あと先輩は学内じゃかなりの有名人で、文学部の王子様。学祭のミスターコン三連覇するかもーってこっちの女子たちも騒いでるんだ」 「へぇ……」  大学生になって三ヶ月弱。ようやく新しい環境に慣れてきたところの千世は、校内で初めて廉佳の評判を耳にした。それにしても、千世がいる経済学部の女の子まで騒いでいるなんてすごい人気だ。  あの切れ長の眼で見つめられたら、誰だろうとひとたまりもない。狐のような美人顔に女性はみんなイチコロだそうだ。

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