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第82話
肘をついて上体を起こしている間に、背後を廉佳、正面を泰志に固められてしまった。背の低い千世が二人に挟まれると、まるで檻に囚われた小鳥のようだ。
「心配しないで」
「もう酷いことはしないからな」
頭の横から伸びてきた手が顎に触れ、そのまま滑るように後ろを向かされる。廉佳と眼が合った刹那、唇を奪われいた。
「んっ……ん、ふ」
思えばこれが廉佳との初めての口付けだ。キスより凄いことを既にしてしまっているので、案外素直に受け容れられた。
(廉佳さん……キス、上手い)
その絶妙な手管がまたしても千世の胸をざわつかせる。千世は身を捩って彼の口付けからの解放を求めた。
「……、やっ…」
「どうした?」
「廉佳さん、僕のこと好きって言ってくれたけど、他に付き合ってる人とかいないの?」
あの時、廉佳の部屋にローションが備えてあったことを思い出したのだ。彼ほど容姿端麗で才能に溢れた人を周りの女性たちが放っておくはずもない。
だが彼は一瞬眼を見開くと、あっけらかんとして言った。
「そんなこと心配してたのか? いたら千世に告白なんかしてないよ」
「そ、っか。そうだよ、ね……。ならアレは? あの、この前僕に使った……」
「アレ? ――ああ、あのローションは資料用だよ。濡れた絵って難しいから、自分の手に垂らしてスケッチしてただけ」
「な、なぁんだ……」
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