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第130話
「千世、口の端についてるぞ」
「ど、どれ?」
一度立ち止まって唇の右側を親指の腹で擦ってみるが、何も付いていなかった。
「逆だよ」
その囁きがすぐ近くで聞こえると思ったら、彼の顔が目と鼻の先に迫っていた。思わず落としてしまいそうになったアイスの棒を握り締める。
ばくばくとうるさいくらいに鳴り出した心臓の音で、耳がいっぱいになった。
「――っ」
廉佳の舌が左の口の端を舐め取る。突然の出来事に、千世は凍り付いて動けなくなってしまった。
「そっちは苺味か?」
「……苺ミルクです」
「俺のも食うか? スイカ味」
「いや……僕はいらない」
口だけが勝手に動いて思っていることをそのまま声に乗せているみたいだ。驚く、というよりは呆然としてしまって眼の焦点がなかなか定まらない。
「どうした、照れてるのか? 恋人なんだから、このくらい良いよな」
「う、うんっ」
未だにずっと憧れだった廉佳が自分の恋人であることが信じられなくて、今のような反応を示してしまうことがある。彼への想いが通じただけでも夢みたいだったから。
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