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第142話
身体が少し重怠かったが、しっとりとした雰囲気の中ではそのくらいが丁度よかった。どこか哀愁漂う日暮れの空は、妙に落ち着いた気分を際立たせる。
じっと夕陽を眺めていると、廉佳が撮影に丁度良さそうな場所を見つけたらしくスマートフォンのカメラを起動させた。少し離れた所に立って声をかけてくる。
「大きさ比較の為に千世も写ってくれ」
「立ってるだけでいいの?」
「そうだな……窓枠に手をかけて外を見る感じで頼む」
それなら今の格好とさほど変わらない。が、地面に見える植え込みの葉を揺らす風を千世も感じたくなって窓を半分だけ開けてみた。
するとそよそよと柔らかい風が吹き込んでくるが、真夏のそれは思ったより生温くて、まだ奥の方で熱を持つ身体を冷ますには到底及ばない。
千世は窓枠にそっと手を付いて瞼を閉じた。
シャッター音はここまで聞こえてこない。もう写真は撮ったのだろうか。それとも良い構図を考えてまだ位置を調整している?
「ちーせ。こっち向いて」
その声はすぐ近くから聞こえた。自分がどのくらい眼を瞑っていたのか定かではないが、彼はもう写真を撮り終えたのだろう。千世はゆっくりと眼を開けて、声のする方へ視線を上げた。
――カシャッ
その瞬間、カメラのシャッターが切られる。不意打ちだったにも関わらず、何だかそうなる予感がしていた。橙色の光に照らされて深い影を落とす廉佳の顔は憎らしいほど穏やかだ。
「ほら、良く撮れてる」
廉佳が見せてくれたスマートフォンの画面には、眉尻を下げて笑う自分の姿が映っていた。
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