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第160話

 千世は項垂(うなだ)れていた首を起こして廉佳を見上げた。彼は眼をきらきらと輝かせて、このイベントを心の底から楽しんでいる。  廉佳だけでない。彼の本を買った人々、いや他の場所で買った大量の本を抱えた人、本を買ってもらえたサークルの人。その誰もがこの会場の空気を堪能し、楽しんでいた。  ここは、そういう所なのだ。 (僕……ずっと床しか見てなかった)  千世はガタッと音を鳴らしてパイプ椅子から立ち上がる。 「ごめん廉佳さん。僕も来てくれる人が楽しめるように頑張るから」 「――イイね。そういうの待ってた。千世にもイベントの面白さ、少しでも伝われば良いなって思ってたから」  千世が今朝以来の笑顔を見せると、廉佳からのご褒美が返ってくる。帽子の上から頭をぽんぽんと叩かれてようやく千世のスイッチが切り替わった。  イベントももうとっくに後半戦が始まっている。しかし、まだ充分間に合う。千世は残りの時間に全力をかけようと胸に誓った。  そこへ廉佳の本を買い終わったばかりの女性が近付いて話しかけてくる。彼女もまた興奮した様子で千世の格好を褒めてくれた。自分は彼女たちの熱い想いを見過ごしていたのだと、改めて気付かされる。  その後も大勢の人が廉佳のスペースに足を運び、千世を見に来てくれる人も増えてきた。 「今回はかなり良いペースだな。千世のお陰で、本にも興味を持ってくれるみたいだ」

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