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第182話

 千世が簡単にどちらにも身体を開き、快楽の海に沈められて、恋人の影が水面(みなも)に歪んでいるからではないだろうか。千世が側にいるべき人はもう決まっているのに、猫のようにすり寄ってくる弟が恋慕の情を惑わす。  三人で仲良しがいいのに。 (泰志……好きだよ)  この気持ちはなんだろう。この愛おしさは、廉佳に対して抱いているものと酷似している。  駄目だ。もう引き返せない。  兄弟という繋がりを超越して、千世は泰志のことを本気で好きになってしまった。 「――泰志は、どうして僕のことが好きなの?」 「まだ話してなかったっけ」 「可愛いとしか聞いてない」 「そっかそっか。俺が千世にぃを好きになったのは――小学生の頃かな」 「随分……昔だね」  せいぜい二、三年前だろうと踏んでいたのだが、まさか子供の頃から想いを寄せられていたとは。 「あの時――父さんと母さんが死んで大変だった時。千世にぃ、俺に笑おうって言ってくれたよね。じゃないと二人とも安心できないからって」  そのことは千世もよく覚えている。一度に家族を二人も失って、悲しみに明け暮れていた頃だ。千世は『お兄ちゃんだから』弟よりしっかりしなければならないという責任感だけで動いていた。  そういえばその頃はちょうど千世も廉佳に想いを寄せはじめた時期だ。  幸か不幸か、偶然か必然か。兄弟で同じ時にそれぞれ恋に落ちてしまうなんて。

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