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第195話

「千世にぃー、走っちゃ駄目って最初にスタッフさんに言われたでしょ?」 「だって、怖いんだもん……」  あの怨念(おんねん)に満ちた顔をいつまでも見ていたら夢に出てきそうだ。いくらお化けの類を信じていないとは言っても、怖いものは怖い。それを紛らわすために小走りでやってきた泰志の背中にくっついて服を握り締めた。 「これじゃ、どっちがお兄ちゃんか分からないね」 「ご、ごめん」 「責めてるんじゃないよ。千世にぃはそうやっていつまでも可愛いままがいいし、なにがあっても俺が守るから」  中学二年生のあたりから急に背が伸びた弟はとっくに千世の身長を追い越している。弟に守ってもらうのは兄として不甲斐ないが、泰志が側にいるというだけで安心するのだ。 「まだまだ始まったばかりだよ。俺から離れないでね」 「――うん」  千世の独占権を獲得した泰志は、その大きな背中でずっと庇っていてくれた。  ふと気になって廉佳の方を見るとくしゃりと頭を撫でられる。その仕草は『俺のことはいいから』という風にも、『もっと俺を見てくれ』という風にも見えた。だが恐らくこの行為に特別な意味はなかったのだと思う。薄暗くて廉佳の顔はよく見えなかったけれど、そんな気配がしたのだ。

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