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第211話
しばらくして糸を引きながら離れていった廉佳の唇に変わって、泰志のそれが押し当てられた。
すると今度は廉佳が耳殻を食んでくる。上顎を擦られて漏らした熱い吐息を呑み込まれ、息苦しさに喘いだ隙に角度を変えてまた口を吸われた。
「ぅ、ん…ん……っ」
それは多分、廉佳のキスより長かった。もちろん時間を計った訳ではないから推測でしかない。しかし、廉佳に対抗したいという泰志の気持ちが、口付けを通して伝わってきたのだ。
「――千世にぃ、大好き」
彼の柔和な笑顔は心に安らぎをもたらしてくれる。千世はキスの余韻でぼーっとしながらも、泰志につられて微笑んだ。
「俺も、千世を好きな気持ちは負けてないからな」
「ふふっ、知ってるよ」
「ねぇねぇ、俺千世にぃがもっと欲しくなっちゃったんだけど」
「奇遇だな。俺も同じこと思ってた」
「千世にぃはどう?」
「千世はどうだ?」
二人の声が重なる。
薄暗いゴンドラの中、千世は影に紛れて俯いた。それは赤面した顔を見られたくなかったからで。
いつの間にか陽が落ちてしまった空が三人を見守る。
「……言わないと分からない? ぼ、僕も――二人が欲しいよ」
自分からこういうことを言うのは初めてだ。何だか照れ臭くて、廉佳と泰志はよくいつもこんな台詞を言えるものだと感心すらしてしまう。
そんな千世の、火を噴きそうなくらい熱い顔を二人の手が包み込む。
言葉は要らなかった。
心はちゃんと繋がっているから、ゴンドラの中は静まり返っていても、寂しさを感じさせない。
むしろ、激しく脈打つ心臓の音がうるさいくらいだった。
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