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子猫と蛇と栗羊羹
鉄平が連れてこられたのは、竜蛇の表向きの会社のビルだった。
綺麗なエントランスで美しい受付嬢が竜蛇に深く頭を下げた。
鉄平は緊張した面持ちで竜蛇について歩く。
───なに? ここ。
竜蛇と一緒にエレベーターで最上階へ上がった。
これまた美しい顔をした秘書の女性が、竜蛇に「お帰りなさいませ。社長」と、頭を下げた。
「何か子供の好きそうな甘いもの、出してくれる?」
竜蛇は秘書に声をかけた。
秘書は鉄平をチラリと見て、「かしこまりました」と、下がっていった。
───社長!? ヤクザじゃないの? それに今、子供って言った?
「タマちゃん。座って」
社長室に通され、ソファに座るよう促された。竜蛇はソファではなく、自分のデスクの椅子に優雅に座った。
「は、はい」
鉄平はカチコチに固まって座った。
「借りてきた猫みたいだね」
その様子に竜蛇が笑った。鉄平は顔を赤くして俯いた。
「甘いもの、好きなの?」
「えっ?」
「松吉屋の羊羹でしょう。美味しいよね」
竜蛇は鉄平が大事そうに持っている羊羹の入った紙袋を見て聞いた。
「あ。あの、しろうが。しろうのおじいちゃんが好きだったって言ってたから。並ばないと売り切れちゃうって聞いて、それで、最後のいっこだったんです」
「そう」
竜蛇が目を細めて微笑んだ。
今度は胡散臭い笑みではなく、自然な微笑みだったので、鉄平は肩の力を抜いた。
「志狼のじい様、甘いものに目がなかったからね」
「知ってるんですか?」
「俺のじい様と志狼のじい様が、若い頃、腐れ縁だったんだよ。俺と志狼も高校からの腐れ縁だね」
鉄平は自分の知らない志狼の話に、興味津々に目を輝かせた。
そんな鉄平を面白そうに竜蛇は見ていた。志狼は後腐れない相手ばかり選んできたが、この子は違うようだ。
「タマちゃんはどこで志狼と知り合ったの?」
「あ、あの。俺が酔っ払いに絡まれてるのを、しろうが助けてくれて。それで……」
そこで、鉄平は真っ赤になって言葉を詰まらせた。
まさか、ラブホテルに連れ込まれたなど言えない。
鉄平の顔を見て「ああ。ペロッと食ったんだな」と、竜蛇は心の中で呆れたように独り言ちた。
「今、志狼と住んでるって?」
「あ。はい。居候させてもらってます」
これも今までにはないことだ。
「志狼はタマちゃんが好きなんだね」
「ええっ!?」
鉄平は大きな瞳をまん丸にして、またまた顔を真っ赤にした。
志狼はああ見えて、情が深い男だ。
喧嘩に明け暮れた十代の頃。
志狼は弱い者や女には決して手を上げなかった。卑怯な手を嫌い、常に真向勝負を好んだ。
セックスに関しては節操無しだったが、自分を本気で好きだと言う相手には手を出さなかった。
昔から孤高の狼のようだった。
孤独で、誇り高く、義理堅くて情に熱い。だから、竜蛇は自分の組に志狼が欲しかった。
───それが、こんな子供と暮らしているのだ。
竜蛇は最初驚いたが、鉄平と話してみて、珍しいくらいにスレていない様子に、また驚いた。
今だって、竜蛇に怯えながらも、まっすぐに竜蛇を見る。
竜蛇に正面から見つめられると、大抵の男も女も目を反らす。
全てを見透かすような、丸呑みにされてしまうような竜蛇の琥珀の瞳に怯むのだ。
竜蛇の蛇眼に平然としているのは志狼くらいだ。
───それに、犬塚。
犬塚は竜蛇の視線に一瞬嫌悪を露わにし、すぐに隠して、挑むようにまっすぐに竜蛇を見返す。
「タマちゃん。最近、犬を拾ってね」
「犬ですか?」
「そう。最初の飼い主に虐待されてたから、中々懐かないんだよ。どう調教するか、思案しているところでね」
鉄平が少し考えて、
「なまえ、呼んであげたら」
竜蛇を見て言った。
「ひどいこと、しないよって。信じて貰えるまで、なまえを呼んであげたらいいと思います」
……酷いことは、するんだけどね。
竜蛇は心の中で苦笑した。
だが、鉄平の純真な言葉に「そうだね。ありがとう」と返した。
鉄平は照れ笑いで竜蛇を見ている。
───ああ。これは志狼にはたまらないだろうな。
鉄平には下心や悪意が無い。
警察内部は腐り切っている。志狼も程よく、賄賂や汚職に手を染めているが、父親に似て根は正義感が強い。
適度な悪に染まらなければ、身内から背後を撃たれかねないのだ。
だからこそ、鉄平と一緒にいたいのだろう。
「タマちゃん。志狼は良い男だよ」
「え?」
「本当は寂しがりやで、優しい。一緒にいてあげてね」
「! はい」
鉄平がコクコク頷いて返事をした。
「良い子だね。ところでタマちゃん。スマホ持ってる?」
竜蛇は鉄平からスマホを受け取り、志狼に電話をかけた。
鉄平からの着信に、志狼がすぐに出た。
『タマ。どうした?』
「やあ。志狼」
『竜蛇!? てめぇ、なんでタマの携帯から……』
志狼が低く威嚇した。
「タマちゃんのこと、拾ったんだよ。この子、良い子だね。気に入っちゃったよ」
『……おい』
「俺の会社にいるから、迎えにおいで」
志狼の返事を待たずに、竜蛇は通話を終了した。
「はい。すぐに志狼が迎えにくるよ」
スマホを鉄平に返して、竜蛇が言った。志狼に買ってもらったスマホだった。
社長室をノックして、秘書がケーキと紅茶を乗せたトレイを手に入ってきた。
「ありがとう。さ、お食べ。タマちゃん」
「ありがとうございます」
鉄平は両手を合わせて、「いただきます」と、ケーキを食べた。
竜蛇に志狼の高校時代の話などを聞きながら、鉄平はケーキを頬張った。
ちょうど食べ終えた頃に、ドカドカと足音が響いて、社長室のドアが乱暴に開いた。
「竜蛇! てめぇ!」
「やあ。志狼」
「あっ。しろう。おつかれさま」
ほのぼのとした空気に勢いを削がれる。鉄平の隣に座って、頭を撫でた。
「……お、おお。タマ。どうしたんだ」
「あの。俺が変なカップルに絡まれてるとこ、たつださんに助けてもらったんだ。ケーキもご馳走になっちゃって」
絡まれた、という言葉に志狼の顔が険しくなる。
「軽く、締めといたよ」
「すまん。竜蛇」
「ひとつ貸しだね。志狼。どう返して貰おうかな?」
竜蛇はイタズラっぽく目を細めた。
「そろそろ刑事を辞めて、ヤクザになってもらおうか」
竜蛇の言葉に鉄平が青くなった。
「ダメ!」
鉄平は志狼を庇うように、竜蛇の方を向いた。
「か、借りは俺がバイトして返します! だから、しろうはヤクザになんか、なっちゃだめ」
鉄平は竜蛇に必死で言った。
「ヤクザなんか、ねぇ……」
「あっ。ごめんなさい」
ビクリとした鉄平の肩を抱いて、落ち着かせるように、さすりながら志狼は苦笑した。
「タマ。冗談だ。竜蛇はからかってるだけだ」
「……冗談?」
「嘘々。ごめんね。タマちゃん」
ほ~っと、鉄平は身体の力を抜いた。
そんな鉄平に、志狼はたまらない気持ちになる。
小さな体で怯えながらも、志狼を庇うように必死で竜蛇に向き合った鉄平に胸が掻き毟られる程に疼いた。
今すぐにでも、抱きたかった。
そんな志狼を見て、竜蛇が提案した。
「この近くにオススメのラブホテルがあるけど、教えようか?」
「ああ」
「風呂も綺麗で広いよ」
「悪いな。竜蛇」
「え? えっ!?」
阿吽の呼吸の二人に、鉄平だけついていけず、キョトンとしていた。
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