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駆け落ち予行練習 決行当日

アツとの約束の時間が刻々と迫る。 一時間前くらいから、体が怠くて、頭も重くて、何をする気にもなれなくて、布団に横になっていた。 そろそろ行かなきゃいけないのは、分かってるけど、体が鉛の様に重く、動けない。 「未央、大丈夫か⁉」 息を切らしながら、アツが姿をみせた。 「ごめんね・・・体がいうことをきいてくれないんだ・・」 「朝から色々あって、疲れたんだろ。抱っこするから、肩に掴まって」 「うん」体をアツに支えて貰い、ヨロヨロと、何とか半身を起こし、彼に言われた通りにすると、体がふわりと宙に浮いた。 「父さんと母さんは出掛けて留守だから。兄さん達は、二階の自分の部屋にいるから、静かにいけば、バレることはない」 台所の勝手口に、靴を予め隠しておいた。 着替えは、アツが背負ってるリュックサックの中。 「アツ、こっから歩く」 「無理しなくていいよ」 「ありがと、大丈夫だから」 「わかったよ」 ふらつきながら、何度か、躓きそうになりながら、その度アツに助けて貰って。 手を繋いで、真っ暗な中を歩いた。 誰かに見付からないか、裏口に着くまでドキドキで。アツは、周囲をキョロキョロ見回しながら、静かに、裏口の扉を開けた。 「良かった、誰もいない。大通りまで出てから、大志さんに迎えに来て貰えないか聞いてみるから、それまで、我慢できる⁉」 「うん、ごめんね、迷惑掛けて」 「そんな事ないよ」 アツと小声で会話しながら、歩き始めると、正面の通りに停車していた車のライトがピカッと点いた。 上向きで照射され、あまりの眩しさに目が眩みそうになった。 車から下りてくる人影ーー。 ゆっくりと近付いてくる、その顔は、見覚えがあった。そう、寺田さんだ。 「寺田、見逃してくれ」 アツが僕を庇うように、彼の前に立ち塞がった。 「篤人様、ご自分で何をされているか、分かりますか⁉」 「あぁ、嫌なくらい分かってるよ。これが、佳兄を裏切る行為だって。俺と未央が、どんなに想い合っても、愛し合っても、一緒になれないなら、せめて、最後に楽しい思い出を作りたい・・・それでも駄目か・・・⁉」 「ちゃんと分かっていらっしゃるなら、それ以上は申しません」 「ありがとう、寺田」 「篤人様がお産まれになってから、十六年間、守役を務めさせて頂いているんですよ。篤人様が何を考えているかだいたい分かります。それはそうと、送っていきますよ。大志様の診療所で、宜しいですか⁉未央さんが、具合が悪いのは事実のようですし、あとの事はお任せ下さい」 「寺田さん、ありがとう」 「いいえ、独身最後の旅行を楽しんで来てください」 「旅行じゃない。駆け落ちの予行練習」 アツがムスッとして、割り込んできた。 「左様ですか、すみません」って、寺田さん、笑ってた。 アツはいいな。いい人に恵まれて・・・。 羨ましい。 寺田さんに送ってもらって、診療所に向かい、大志さんに、診察をして貰い、点滴中に僕とアツがいなくなったーーという設定のもと、駆け落ちの予行練習が決行された。 大志さんの運転する車が、駅の裏口にある高速バス専用の乗り場に着いた時、ちょうど、乗車予定の京都駅経由関西国際空港行きのバスが滑り込んできた。 「行こうか」 「うん」 日曜の朝までアツと二人きり。そう思っただけで、胸がドキドキしてきた。 誰の目も憚らることなく、堂々と手を繋げる幸せを噛み締めながら、アツと、一緒に、バスに乗り込もうとしたら、そのバスを素通りし、隣の乗り場に停車していた、福島行きのバスに向かっていった。 「アツ⁉」 「西に向かうと見せ掛けて、実は、福島に向かおうかなって・・・田舎に移住した祖父母がいるんだ。会いに行くのもいい機会だと思ったんだ」 「そうなんだ。アツと一緒なら、どこでもいいよ」 ありがとう、アツが笑顔で答えてくれた。 乗車口の脇に立っていた乗務員さんに、携帯の画面を提示し、彼に促され、後に続いて乗り込んだ。

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