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アツとの別れ
今日か、明日には、佳大さんが連れ戻しに来るーーだからこそ、アツと一緒にいれる今を大切にしたい。
例え僅かな時間でも。
一分、一秒が、こんなにも愛おしいなんて。
朝食後、アツが片付けを手伝ってくれて、洗い物を大急ぎで済ませた。
「今から行ったら、九時半上映のに間に合うかも」
「うん」
折角だから、今話題になっている恋愛モノを観ようかってアツ。
僕は、別に観たいのがないから、彼に任せる事にした。
「未央ちゃん、出掛けるわよ」
玄関の方から、お祖母さんの声が飛んできた。
午前中、大ファンの演歌歌手のコンサートが、県の文化センターであるみたいで、朝から、お祖父さんも、お祖母さんもテンションが高い。
趣味も、好きな歌手も共通している部分が多いみたい。結婚五十年目でなお、ラブラブ、熱々な二人。何か、羨ましい。
僕も、許されるならアツと、こういう夫婦になりたいなーー。
決して叶わない・・・儚い夢・・・だけど。
アツと後部座席に乗り込むと、今日は、お祖母さんが運転手みたいで、ゆっくりと車が走り出した。
「昨日のお酒がまだ残っているのよ。篤人と未央ちゃんが来てくれて、一番喜んでいるの彼なの・・・だから、つい呑みすぎたみたい」
「五月蝿いな」
お祖父さん、恥ずかしいのか、タオルケットを頭から被った。
「ワシは寝る」
「着いたら起こしますから、どうぞ」
お祖母さんが、ミラー越しに、視線を向けてきた。
「あのね、篤人」
「何⁉」
「お祖父さんがね、あなたが未央ちゃんとずっとここにいれるよう、佳大と、お父さんと、お母さんを説得するため、明日一番の新幹線で、上京する事にしたのよ。学校の方は、私が理事をしている私立の高校で良ければ、転入すればいいし。でも、今まで通り、贅沢な暮らしとはいかないけれど・・・」
「ありがとう‼すげぇ、嬉しい‼」
アツと手を取り合って、心から喜んだ。
「ありがとうございます‼こんな僕の為に・・・」
目頭がじんわりと熱くなってきた。
「未央、泣くな」
「だって・・・」
諦めかけていた夢が叶うかもしれない。
嬉し涙だから、そんな、じろじろ見ないで。
恥ずかしいから。
「未央ちゃん。もし、赤ちゃんが出来たら、私達が出来ることはなんでも手伝うから安心して、産んでいいからね」
「気が早いよ、もう‼」
アツの顔、茹でたこさんみたくなっていた。
僕の顔も、アツと一緒で、耳まで熱くなっていた。
昨日、エッチした事、すっかりバレてるみたいだし・・・。
この場から、逃げ出したい‼
今すぐに‼
そんな訳で、駅に着くまで車内は、とても賑やで。お祖父さん、結局、一睡も出来なかったみたい。
眠そうに目を擦っていた。
すみません、騒々しくて。
謝ったら、にこやかに笑って、
「来年の今頃は、家族も増えてもっと賑やかになるぞ」
って。
「お祖父さんまで、気が早い‼」
アツ、かなり困っていた。
だけど、内心は嬉しくて仕方なかったみたい。
二人きりになり、手を繋いで、映画館に向かう途中、
「これ、渡しておく」
って言われて、手渡されたのは・・・。
「お守り⁉」
「うん。俺も同じの持ってる」
金色に輝く小さな鈴がついた、ピンク色の縁結びのお守り。
「指輪の代わり・・・ホンモノはもう少し、待ってくれる⁉」
「ありがとうアツ‼」
嬉しさのあまり、彼の腕に抱き付いた。
「未央、急ごうか」
「うん‼」
互いに幸せを噛み締め、このまま、ずっと一緒にいれる。
そう信じて疑わなかったのに。
現実は、そう甘くはなかった。
横断歩道で、信号待ちをしていたら、黒いワゴン車が一台、進路を塞ぐように急停車して、スーツ姿の大柄の男性が数人が下りてきて、あっという間に、僕とアツを取り囲んだ。
アツは僕を守るように、しっかりと手を握ってくれた。
彼は、こうなることを覚悟した上で、兄の嫁である僕と、駆け落ちしたのだ。
最後はどうなるか、抵抗しても無駄。
それでも、諦めず、僕を守ろうとしてくれた。
兄からーー。
佳大さんから・・・。
「アツ、駆け落ちごっこはもう終わりだ。未央を・・・愛しい妻を返してくれ」
男性達の背後から、現れたのは、まさにその彼で。
バラバラと、音を立てて、束の間の幸せが崩れ落ちていくーー。
これだけは、何があっても守り抜こう。
アツから貰った、指輪代わりのお守りだけは・・・。
心に固く誓い、ギュッと握り締めた。
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