29 / 120
アツとの別れ
しばらくの間、アツは、佳大さんと言葉も交わさず、静かに対峙していた。
握り締めてくれる彼の手は汗ばんでいた。
「・・・せめて、映画ぐらい一緒に観せてよ。未央と、最後の記念に・・・あと、駆け落ちごっこじゃないから。本気で、佳兄から未央を奪いたかった」
アツは、苦しい胸のうちを、思いの丈を佳大さんにぶつけた。
「お前みたいな子供に何が出来る⁉未央を幸せに出来るのは、俺以外、誰もいない」
「佳兄は、ズルいよ。俺や、未央の気持ちを知った上で、引き剥がそうとするんだから」
佳大さんは答えなかった。
アツは、彼を睨み付けていた。
「ーー映画、観に行かないのか⁉」
暫しの沈黙の後、佳大さんが急に口を開いた。
「行っていいの⁉」
「あぁ。そこまで鬼じゃない」
佳大さんの許可が下りて、アツは、僕の手を引っ張って駆け出した。
「急ごう」
「うん」
チケットは購入済みで、映画館に着くと、係りの人に渡し、薄暗い通路を進んだ。
後ろの方の右端の二席がちょうど空いてて、そこに座った。
「間に合って良かった」
アツと少しでも長く一緒にいたくて、彼の腕にしがみついた。
「未央・・・」
「離れたくない」
「ごめんな、守ってやれるだけの力がなくて。男として、情けない」
「そんな事ないよ」
努めて明るく振る舞った。
アツの悲しむ顔を見たくないもの。
彼には、常に笑っていて欲しいから。
映画の上映が始まり、遅れて佳大さんも入ってきて、監視するように、すぐ、近くの席に座った。
一緒に過ごせるのも、あと二時間弱。
彼の胸に顔を埋め、願った。
神様、時間をどうか止めて‼
大好きな彼と、どんなに貧しくてもいいから、寄り添って生きる、チャンスを僕にちょうだい‼
ともだちにシェアしよう!