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僕から奏人まで奪わないで

この記憶は・・・いつのだろう? 『気色悪いあなたをここまで育ててあげたのに・・・色仕掛けでたぶらかして・・・末が恐ろしいわ・・・』 「違う‼」 『何が違うの‼』 頬っぺたにビンタが飛んできて、体が宙を舞い、床の上にバタンと叩き付けられた。 体が真っ二つに裂けそうな痛みに、もう駄目だと正直思った。 でも、不思議と、そう簡単に死なないもので。 しばらく踞り、よろよろと体を起こし、見上げたその先には、鬼の形相で睨み付ける、在りし日の実の母の顔があった。 頭の上で、ギシッとベットが軋んで、父がやれやれという表情で、ため息を付きながら立ち上がった。 父も、僕も何も身に付けていない。 朝、起きたら、父の腕の中にいて、びっくりして飛び起きた。 『未央、痛くしないから、少し、我慢してくれるか?』 「いやだ‼いやーー‼』 すでに、全裸にさせられてて、寝ているうちに散々イタズラしていたのだろう。 閉じられた女の子の割れ目にいきなり指を突っ込んできて、グリグリとされ、僕はありったけの声で泣き叫んだ。 『誰も助けに来ない、あきらめろ』 父の言葉に絶句した。 前日から母は、高校の同窓会で泊まり掛けで出掛けていて留守だった。 それなのに、ドタバタと、なぜか母が血相を変えて駆け込んできてーー。 母の怒りは、父でなく僕に向けられた。 次に母が取り出したのは、果物ナイフだった。 それを高く掲げた。 僕は、体の痛みで身動きすら出来なくて、振り落とすのをぼんやりと眺めていた。 そこに、駆け付けてきて、僕を身を挺して守ってくれたのは・・・。 「てらだ・・・さん・・・ よしおにいちゃん・・・」 「未央‼」アツが頭からバスタオルを掛けてくれて、ギュッと抱き締めてくれた。 僕じゃなく、アツがわんわん声を出し泣いていた。 そう、思い出した。 それは、七歳の時のーー封印した忌まわしい記憶。 ”よしおにいちゃん”は、佳大さんの事。 なんで、忘れていたんだろう。 アツも、佳大さんも、寺田さんも、おじさんも、おばさんも、福島のアツのお祖父ちゃん、お祖母ちゃんも、その頃から僕を必死で守ってくれてーー。 融資は表向きの名目で、ほんとは、もうそのときすでに、佳大さんにお金で売られていた。 だから、彼は僕に異常なまでに固執するのだろう。 お金で買われた僕に、それでも、鬼頭のおうちの皆さんは、優しくしてくれた。 だから、生きて恩返ししないと。 佳大さんにもちゃんと謝って、昔の優しい彼に戻って貰わないと。 そう思ったら、意識が浮上してきた。 『だいじょうぶだよ。かなとは、ちゃんとおなかにいるよ』 七歳の時の僕の声が聞こえてきたような気がした。

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