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新しい生活のはじまり
翌朝ーー。
「ん・・・っん・・・」
アツにおねだりされ、いってらっしゃいのキスを彼の頬っぺたに軽くしてあげたら、口にもって言われて。精一杯背伸びして、アツの柔らかい唇にチュッとしたら、がばっと抱き付かれ、さっきまで寝ていたベットに運ばれるや否や、あちこちにキスの雨が降ってきた。
昨日の事がまだ脳裏に焼き付いていて怖かったけど、アツの口付けは蕩けるくらい甘く、そして優しくて、不安を取り除いてくれた。
むず痒いような、くすぐったいような感覚に身悶えるているうち、すっかり息が上がっていた。
「アツ、制服がしわになっちゃうよ・・・そろそろ、学校行かないと・・・」
「俺は未央といたい」
「僕だってアツといたいけど・・・」
ドアの方からやたらと視線を感じて、アツの肩越しに目を向けると、寺田さんが腕を組んで険しい表情で仁王立ちしていた。その隣には、ヒーリーさんの姿もあった。彼には、見慣れた光景なのか眉一つ動かさなかった。
「篤人様、学校をサボる事はこの私が許しません」
「未央と少しぐらいイチャイチャしてもいいだろう」
「なりません」
「はぁ!?鬼か!」
「未央様との結婚・・・」
「あぁ、もう!!言わなくても分るから!!」
アツ、頭を掻きながらむすっとして起き上がった。
「行けばいいんだろ、行けば」
荒っぽく鞄を肩に担ぎ、ヒーリーさんと一緒に学校に向かった。
「彼、大志様の所で、日本語を教えて貰いながら雑用係をされているんですよ。誰でも分け隔てなく優しく接し、とても人懐っこくて、患者さんや、近所の方々とも仲良くしているみたいです。王族にはとうてい見えませんけど」
「ほんと、そうですね・・・あの・・・寺田さん・・・」
八年前助けて貰ったお礼をちゃんと言わなきゃ。
「その・・・ありがとうございます。あの時・・・助けて貰って・・・」
「篤人様の守役として、当たり前のことをしたまでです。彼は、もう、私がいなくても大丈夫です。これからは、未央様の事をお守りしますね」
ふわっと彼の表情が緩み、普段通り、優しい寺田さんに戻ってくれた。
「は、はい。お願いします・・・あと、その・・・様付け、なんか背中が痒くなって・・・」
「そう言われましても、旦那様の命令ですし」
寺田さんとそんな会話をしていたら、佐々先生が回診に来てくれた。
見るからに機嫌が悪そう・・・。
言いたい事は山のようにあるんだろうな、きっと・・・。
診察を受けている間、寺田さんは退院の手続きと会計をしに一階の総合窓口へ。
「未央さん・・・これを貴方に・・・」
無事診察が終わり、佐々先生から渡されたのは、掌に乗るくらいの小さな桐の箱。金箔の箔押しの華やかなデザインが施されていた。
「あの、先生・・・これは?」
「貴方の弟の臍の緒よ。ご両親が、退院前にいなくなってしまって・・・処分するわけにもいかないから、預かっていたのよ。後ろに、生年月日と、出生時の体重が書いてあるから」
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