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新しい生活のはじまり
先生に言われた通り、箱の後ろを見てみると、
生年月日と、身長、体重が書かれてあった。
『2720グラム・・・47センチ・・・』
「この世に生を受けて、僅か二日しか生きれなかったけど、貴方には確かに弟がいた」
「ありがとうございます」
箱を抱き締め、佐々先生に深く頭を下げた。
「中澤さんご夫婦に関しては、腸が煮えくり返るくらいの怒りしかありません。医療費は踏み倒すわ、検死から戻ってきたお子さんのご遺体を引き取りには来ないわ。何を考えているんでしょうね」
佐々先生の言うことは最もだ。
項垂れて、だだ黙って聞いていた。
「無縁仏として埋葬されるか、献体されるか、そのどっちかだったのを、鬼頭先生が、大事な息子の弟だから、そう言って引き取って荼毘にふしてくれたのよ。未央さん、私から貴方に伝えたいことは、けっして天狗にならず、いいご家族に巡り会えたことに日々感謝して、その子の分までちゃんと生きなさい」
「・・・はい・・・」
先生の言葉一つ一つに胸を打たれ、気が付けば目に涙をいっぱい溜め、何度も頷いていた。
「随分長いこと産婦人科医をしているけれど、両性の子は貴方が初めて。私の方こそ、貴重な経験をさせて貰ったわ。ありがとう」
「あっ、あの・・・佐々先生・・・」
まさか先生に頭を下げられるとは思っていなくて、予想外の事に戸惑った。
「元気な赤ちゃんを産むのよ。二人目も、三人目も、私に任せて。いつでも来なさい」
「先生、まだ、初めての赤ちゃんも産んでもいないのに・・・」
まだまだ先の事を言われ思わず噴き出しそうになった。
「未央」
「お母さん‼」
忙しいのにわざわざ顔を出してくれた。
「それ、ちゃんと受け取ってくれたのね。ありがとう」
僕がしっかりと桐の箱を持っていることに安堵のため息を吐いていた。
「拒否することも出来たのよ」
「・・・大切な・・・弟のだから・・・お母さん・・・僕の方こそ・・・弟を引き取ってくれて、ありがとうございました」
「未央、泣かないのよ。貴方には、笑った顔の方が似合うから、ねぇ⁉」
「はい」目頭を必死で押さえ、鼻を啜りながら頷いた。
「主人と雅枝さんが、未央が帰ってくるの首を長くして待っているから、早く帰ってあげて。あの人、休診日でもないのに、今日、休みにしたのよ。どれだけ、貴方が可愛いんだか。本当、呆れるわ」
「お父さんが!?」
「えぇ。あっ、でも、理人たちが言った通り、うちの主人、シャイだから。あまり、弄らないであげてね」
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