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未幸

「お名前を付けて差し上げたらどうですか?」 アツのお家に向かう車内で、寺田さんにそんな事を言われた。 「名前が無いままではかわいそうですよ。中澤さんご夫婦が命名した名前があるのでしょうが、今となっては誰も分かりませんし」 バックから桐の小さな箱を取り出しぎゅっと握り締めた。 名前・・・付けてあげなきゃ・・・ どんな名前がいいかな・・・ 箱を見詰めているうち、自然とその名前が出てきた。 「未幸(みさき)・・・寺田さん、未幸はどうですか?僕の名前の一文字と、幸せで・・・でも、この子が嫌がるか。あの人に嫌われていた僕の名前なんか欲しくないか」 「そんな事ないですよ。兄に命名して貰って喜んでいると思います。未幸さん・・・とても良い名前ですね」 「はい、ありがとうございます!!」 未幸、良かったね・・・ 箱にそっと話し掛けた。 未幸の遺骨は、鬼頭のお家の菩提寺である寿恩寺というお寺に預けているみたい。 寺田さんの話しでは、歩いて十分位って言っていたから、アツが帰ってきたら連れて行って貰おう。 「あの、寺田さん・・・」 「どうしました?」 「前、住んでいた家を見たいんですが・・・あっ、でも・・・無理だったらいいです」 「・・・分りました」 ミラー越しに僕の表情を伺い、やや間をおいて返事があった。 車は、見慣れた懐かしい街並みを走り続け、やがて一軒の家の前で静かに停まった。 窓を全開し、身を乗り出すようにして見上げた。 敷地内は背丈程の草がうっそうと生い茂っていた。 錆付き壊れた門扉には、『売家』の二文字が書かれた看板が掲げられていて、雨戸が固く閉められていた。 あちこちに、借金返せ、金泥棒と走り書きした跡が。 「未央様がガーランドに向かわれてすぐです。中澤さんの会社が倒産したのは・・・その前に、自宅は競売にかけられていましたが・・・」 「僕のせいですよね?」 「未央様は何も悪くありませんよ。あと、いまだガラの悪い輩がウロウロしていますから、ここには二度と近付かない様に、いいですね」 「はい」コクンと頷くと車は再び走り出した。 そして、懐かしいアツのお家に・・・自分の家に辿り着いた。 「未央ちゃん!!」 雅枝さんが笑顔で出迎えてくれた。 手を取り合い再会を喜び合っていたら、後ろから咳払いが聞こえてきた。 「未央様とお呼びするように、旦那様に言われてまして」 「雅枝さんまで?僕は今まで通りでいいのに」 「そうはいきません。実は、さっきまで旦那様、ここにいらしたんですよ。ウロウロ歩き回って、未央はまだか、未央はまだかって、何十回も仰ってて・・・お車の姿が見えた途端、急にいなくなってしまったんですよ」 アツのお父さん、なんか、かわいい‼ また、噴き出しそうになった。

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