81 / 120
未幸
「お名前を付けて差し上げたらどうですか?」
アツのお家に向かう車内で、寺田さんにそんな事を言われた。
「名前が無いままではかわいそうですよ。中澤さんご夫婦が命名した名前があるのでしょうが、今となっては誰も分かりませんし」
バックから桐の小さな箱を取り出しぎゅっと握り締めた。
名前・・・付けてあげなきゃ・・・
どんな名前がいいかな・・・
箱を見詰めているうち、自然とその名前が出てきた。
「未幸 ・・・寺田さん、未幸はどうですか?僕の名前の一文字と、幸せで・・・でも、この子が嫌がるか。あの人に嫌われていた僕の名前なんか欲しくないか」
「そんな事ないですよ。兄に命名して貰って喜んでいると思います。未幸さん・・・とても良い名前ですね」
「はい、ありがとうございます!!」
未幸、良かったね・・・
箱にそっと話し掛けた。
未幸の遺骨は、鬼頭のお家の菩提寺である寿恩寺というお寺に預けているみたい。
寺田さんの話しでは、歩いて十分位って言っていたから、アツが帰ってきたら連れて行って貰おう。
「あの、寺田さん・・・」
「どうしました?」
「前、住んでいた家を見たいんですが・・・あっ、でも・・・無理だったらいいです」
「・・・分りました」
ミラー越しに僕の表情を伺い、やや間をおいて返事があった。
車は、見慣れた懐かしい街並みを走り続け、やがて一軒の家の前で静かに停まった。
窓を全開し、身を乗り出すようにして見上げた。
敷地内は背丈程の草がうっそうと生い茂っていた。
錆付き壊れた門扉には、『売家』の二文字が書かれた看板が掲げられていて、雨戸が固く閉められていた。
あちこちに、借金返せ、金泥棒と走り書きした跡が。
「未央様がガーランドに向かわれてすぐです。中澤さんの会社が倒産したのは・・・その前に、自宅は競売にかけられていましたが・・・」
「僕のせいですよね?」
「未央様は何も悪くありませんよ。あと、いまだガラの悪い輩がウロウロしていますから、ここには二度と近付かない様に、いいですね」
「はい」コクンと頷くと車は再び走り出した。
そして、懐かしいアツのお家に・・・自分の家に辿り着いた。
「未央ちゃん!!」
雅枝さんが笑顔で出迎えてくれた。
手を取り合い再会を喜び合っていたら、後ろから咳払いが聞こえてきた。
「未央様とお呼びするように、旦那様に言われてまして」
「雅枝さんまで?僕は今まで通りでいいのに」
「そうはいきません。実は、さっきまで旦那様、ここにいらしたんですよ。ウロウロ歩き回って、未央はまだか、未央はまだかって、何十回も仰ってて・・・お車の姿が見えた途端、急にいなくなってしまったんですよ」
アツのお父さん、なんか、かわいい‼
また、噴き出しそうになった。
ともだちにシェアしよう!