105 / 120

アツの天敵

「未央ちゃん、久し振り~~!!」 威勢のいい声と共に、乾先生が部屋に入ってきた。 先生の事が苦手なアツ。 入れ違いに逃げようとしていたけど、目が合い、足が動かなくなったみたい。 「先生、お久しぶりです」 「あっ、いいよ。無理に動かなくても。胸の音と、赤ちゃんの心音を聞かせて貰えればいいから」 半袖の白色のポロシャツに、ジーパン姿というラフな格好の先生。僕の隣に腰を下し、聴診器のイヤーチップを耳に掛けた。 「そこの少年!!」 「お、俺?」 「あなた以外誰がいるの。ボケっと突っ立っていないで、自分の妻の手を握ってやる優しさくらい無いの?」 「すみません・・・」 アツ、しゅんと項垂れて、先生とは反対側に腰を下し、掌を包み込む様に両方の手で握ってくれた。 「添島先生から、今までの経過を聞いて来たわ。順調で何より。あなたも、少しは父親としての自覚が生まれているようね」 「へぇ?」 「へぇ?じゃないでしょう。これでも褒めているんだから、素直に喜んだら?初めて会った時、こんなチャラチャラした今時の子供に、自分の子供が育てられるか心配だったのよ」 アツと話しをしながら、服の中に聴診器の丸い部分を差し入れ、お腹のあちこちに当てがった。 「うん、異常なさそうね。赤ちゃんも、お腹を蹴って、すごく元気そうだし。かなり、やんちゃそうね。まぁ、逆子なのと、足の浮腫みが気になるくらいかな・・・」 そう言って、先生は、アツに視線を向けた。 「いつ産まれてもいいように、さっさとガーランドに来なさい。子育ては、一人では絶対無理だからね。分ったら返事しなさい」 「は、はい!!」 アツ、ビクっとしながら姿勢を整えて、大きい声で返事した。 「まぁ、俺もいるし」 佳大さんが部屋に入ってきた。 「未央、帰ろうか、故郷に・・・」 「うん」 行きたいないけど、アツが後から来るなら、それまでの我慢。 そう自分に言い聞かせ、アツと佳大さんに体を支えてもらいなんとか体を起こした。 「そこのパパ二人、足元に注意して。ゆっくりでいいからね」 乾先生の声はほんと良く通る。 返事しないでいたら、返事は?って、声が飛んできて、二人ともピンと背筋を伸ばしていた。 佳大さんもどうやら先生が苦手みたい。 一まとめにしておいた荷物は、お祖父ちゃんがせっせと玄関まで運んでくれていた。 お父さんが送ってくれた山のようなベビー用品の中から、お祖母ちゃんが、奏人の下着や服など必要なものだけを選んで、昨日の夜遅くまで起きて、大急ぎで荷造りをしてくれたもの。 寺田さんと、ヒーリーさんは、外で警備に当たりながら、玄関先にある荷物を車に運んでくれていた。 お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、寺田さん、ヒーリーさん、こんな僕の為に本当にありがとう‼ 「身だしなみだけ整えようか?」 先生が、洗面所に椅子を持ってくるよう佳大さんに指示し、アツには、僕の着替えを持ってくるように指示した。 「ここからは、男子禁制!」 椅子と着替えだけ受け取ると、入ろうとした二人を止めた。

ともだちにシェアしよう!