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父の異常な執愛
「ガーランドでは、国王様を始め、王族の皆さんが、未央ちゃんが来るのを首を長くして待っているのよ」
着替えをしながら、先生がそんな事を口にした。
「ここ数か月、ガーランドで結婚式を挙げる日本人カップルが急増して・・・観光客も前年度の倍になったのよ。帰化してまで尽力するご主人に、国王様自ら会いに行って、お褒めの言葉を述べたみたい。その席上で、褒美をやるからなんでも言えって言われて。何て答えたと思う?」
「えっ!?」
いきなり聞かれて、返答に困ってしまった。
「日本へ帰国した身重の妻を今すぐにでも迎えに行きたいってって即答したみたいよ。嘘をつく訳にもいかないから事情を正直に話したみたい。そしたら、国王専用機を貸してやるから、すぐに迎えに行きなさいって国王様がおっしゃったみたいよ」
あまりにもスケールの大きい話しに、付いていけず目を見開いてパチパチしてしまった。
「みんなに愛されて羨ましい」
「そんなことないです」
ぶんぶんと首を横に振った。
髪をとかしてもらい、唇に、薄紅色のリップを少しだけ塗って貰った。
「うん、可愛い」
「ありがとうございます!」
先生に頭を下げて、椅子から立ち上がろうとした時だった。
『・・・み・・・・お・・・』
浴室から、父の声が聞こえてきたような気がしたのは。
空耳かなって思ったけど・・・。
ドダン、バタン!!
物凄い音と共に浴室のガラス戸が荒々しく開いて、姿を現したのは―ー間違いなく父だった。
目は血走っていて、かなり興奮しているのか意味不明な言葉を喚き散らしながら、一歩ずつ、ゆっくりと近付いて来た。
恐怖のあまり、その場から動けず、声も出せない僕の代わりに、先生が、廊下にいるアツと佳大さんを大きな声で呼んだ。
「未央!!」
駆け込んで来た二人が僕を守る為、父の前に立った。
「可愛い息子を返して欲しいだけだ・・・邪魔するな・・・」
父はポケットから折り畳み式のサバイバルナイフを取り出すと、躊躇することなく、自らの腹部を刺した。
「嘘・・・」
呆然自失となり、頭がくらくらしてきた。
自分を傷付けてまで、どうしてそんなに僕に固執するの。
ぽたぽたと血が滴り落ちるナイフを引き抜くと、
「未央、お父さんと一緒なら寂しくないだろう。母さんの所に行こうか」
そう言いながら、アツと佳大さんを鬼の形相で睨み付け、じりじりと寄ってきた。
「アツ、俺が盾になる。未央を連れて、先生と先に行け‼」
「佳兄を置いていけるわけないだろうが」
アツも、佳大さんも、父と刺し違える覚悟を固めていた。
「未央様!!」
先生の声は、外まで響いたのだろう。
寺田さんとヒーリーさんが飛び込んで来た。
「佳大様、篤人様、すぐに未央様を車に。急いで下さい!!」
「ミオ、イソゲ!!」
二人は、父の前に立ち塞がった。
「未央、行こう」
アツと佳大さんが体を起こしてくれて、二人に支えて貰いながら、洗面所を出て、大急ぎで玄関に向かった。
「元気な赤ちゃんを産んで帰ってくるのよ」
「うん。ありがとう、お祖母ちゃん。・・・お祖父ちゃん、父をお願い・・・」
「あぁ、分かってる」
二人に頭を下げ、父の事を頼み、車に乗り込んだ。
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