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第2話 運命とは②

 榛名はあまり利用したことのないネットカフェでいきなり6時間コースを取って、その大半を寝て過ごした。  気になっていた邦画のDVDを一本観て、その後漫画を何冊か持ってきて読んだが、そこまで漫画好きでもないため最終巻まで読む気が起こらずに寝てしまったのだ。  個室でリクライニングのある席を選んだとはいえ、やはり椅子で寝るのは身体がしんどく、帰って寝たほうがいくらかマシだったが帰りたくなかったので仕方がない。  時計を見たら、ちょうど出る時間の5分前だった。  現在、18時25分。ラーメンでも食べて帰ろうかな、と思い榛名はネットカフェを出た。  あまりよろしくない姿勢で寝ていたのだが、頭はすっかり冴えていた。そして自分をフッた彼女のことを思い出すと、だんだん腹が立ってきた。  例えば――榛名は車を持っていないペーパードライバーなので、レンタカーを借りてどこか遠出をするということはなかった。しかしデートはいつも完璧なプランを立てていたし、代金もすべてこっちが払っていた。  看護師という職業は世間が思っているほど高給取りではないし、毎回二人分の食事代を払うのは正直財布が痛かったが一応男の手前、半分出して――なんてことは言えなかった。というか、彼女は財布を出すそぶりすら一度も見せたことがなかった。初めて奢ってもらったのが、先ほどのコーヒー代のみだ。 (……結婚は早まらなくて、よかったかもな)  もちろん、この広い世の中には自ら割り勘を申し出てくれる女性もいるらしい。しかし榛名は今までそんな相手と付き合ったことはないし、相手を真剣に愛せない自分がそんな稀有な相手と出会える可能性はゼロだろうなとも思っていた。  大体そんな女性が存在するとしても、もうとっくにどこかのいい男のモノだろう。  そんな榛名があと縋れるものといえば、先程否定していた『運命』だ。  もしも自分が『運命の相手』とやらに出逢えたならば、今までとは違う真剣な恋ができるかもしれない、と――。  しかし榛名はもうそれすら諦めている。  そんなものは、ただの偶然の産物に過ぎないのだ、と。  ラーメン屋を出て、溜まった怒りを発散しようとカラオケ屋に入った。ひとりで入るのは初めてだったがビールを片手に3時間熱唱し、ようやく、時刻は21時を回ってくれた。  しかし、まだ帰りたくない。  一体自分はいつまでひとりで街にいるつもりなのだろう。カラオケでだいぶ怒り――というかストレスは発散できたはずなのに、まだ帰りたくないと思う自分に少々呆れてしまった。  あてもなく街をぶらつき、日曜でも仕事帰り風の人を見るとつい同情してしまう。しかしやけに目につくのは、デート帰りらしい幸せそうなカップル達だった。 (……そういえば、俺は彼女にあんな幸せそうな顔をさせたことはあっただろうか)  たったの二か月しか付き合っていなかったため、信頼関係もまあまあな状態の自分達は、目の前を通り過ぎるカップル達ほど仲良くなれていなかった。 けど、そんなのはただの言い訳だろうか。  結局は自分が、彼女のことを本気で好きではなかったから――。  でもこの先、真剣に好きになれる相手に自分は出会えるのだろうか。  上京してきて8年、母親は今年に入って一か月に一度は必ず結婚の催促の電話をしてくる。 『暁哉(あきちか)、あんたまだ結婚せんと?相手はおるっちゃろうが、早く孫の顔を見してよ!』  地方の田舎は結婚が早い。小学校の元同級生達がどんどん結婚して子供を作っているので、母は自分も早く孫を抱きたいのだろう。 『こっちの友達はまだ誰も結婚なんてしちょらんし、男なら焦る必要もないっちゃけん、俺のことはほっといて。孫は姉ちゃんに頼んでよ』  何度反論しても必ず電話は来る。母曰く、既婚である姉の子――まだ出来ていないみたいだが――はあちらの家のモノだそうだ。  嫁いでたって孫は孫だ。あっちのモノだとかこっちのモノだとか、まず赤ん坊はモノではない。そして孫は祖母のモノではない。 (そんなに孫が欲しいのなら、自分で作ればいいのに)  そんなことを心の中で毒づくくらい、母と電話をしたあとの榛名はイラついていた。自分には子供はおろか、結婚の予定もない。そういうことを考える相手はさっきまでいたものの、彼女はあっさりと自分を捨ててDV男探しの旅に出てしまった。  しかし彼女と別れたなんて母に言ったら、また見合い話と『地元へ帰れ』コールを寄越すだろう。 (ああ、面倒くさい……)  新たなストレスの出現に、榛名は本日何度目かの深いため息をついた。 (このままブラついていても仕方ないか……)  やっとそろそろ帰ろうかな、という気になってきた。母親の電話の件を思い出して、ただでさえいつも低いテンションがもっと下がってしまったのだ。  しかしそんな榛名に、少し前を歩いていた若者同士の会話が耳に入ってきた。 「次、どこで飲むー?」 「俺がこの間行ったバー行く?水槽とかあって超オシャレでさぁ、それにマスターがすっごい美人だったんだ」 「へー!こっから遠い!?ちょっと行きたいかも」 「電車には乗るけど、駅からはまあまあ近いよ」 (バー……?)  バーといえば、ドラマなどでは失恋した人間が愚痴ることのできる場所……榛名の中で、バーの印象はそんな感じだった。  榛名は居酒屋にはひとりでも入れるが、バーには入ったことがない。もう28歳だし、その上男で、そして別に悲しくはないがちょうど失恋したばかりだ。  テンションは低いものの、ビールを飲んだせいで多少気が大きくなっていたため『今ならひとりでもバーに入れるかも……』と思った。 (……よし)  ひとりで静かに意気込み、榛名はその男性達の後ろをこっそりと着いて行った。

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