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第24話 再び、ローズへ

 自慰をしたあとは突然眠気が襲ってきて、榛名はティッシュで手と自身を綺麗に拭いてから再びベッドに横になった。そして次に目が覚めたときはもう16時半になっていた。 (寝すぎた……まあ、暇だったから、いいか)  眠気覚ましにシャワーを浴びて出かける準備をした。霧咲と会うのは20時だが、お昼も食べていないため空腹だったため、早めに街へ出て何か腹に入れた後ローズで霧咲を待とうと思ったのだ。 (何着て行こうかなー……って、デートじゃあるまいし何気合い入れようとしてんだ!)  榛名はぶんぶんと首を振った。しかしローズはとても洒落たバーだったし、この間はいちおうデートの帰りだったのでちゃんとした格好をしていたからなんとかサマになっていた。  霧咲の私服はいうまでもなくカッコいいし、ダサい格好なんかで隣に座りたくない。けど、この前と同じ格好をしてたら何か言われそうで嫌だし……と、榛名は悶々とコーディネートについて考え込んでしまった。  もともと、オシャレは苦手なのだ。この間のコーデだって、マネキンが着ていたものをそのまま一式購入した。だから着回しなんてできないし、服は溜まる一方で服はあるのに着る服がない状態だ。雑誌でも買って参考にするにしても、もう時間的に遅い。 「あ」  こんなときにパソコンを使えばいいんじゃないかということに気付き、榛名はすぐにパソコンを再起動した。そして。 (変じゃないかな……)  流行のファッションを検索して、自分が持ってるアイテムを組み合わせてみた。スキニージーンズに白いVネックのシャツを着て、濃いグレーのジャケットを羽織る。…これでアクセサリーの一つでもつければいいんだろうけど、あいにく榛名はアクセサリーの類は一つも持っていなかった。そもそも病院では装飾品は禁止だし、している男性職員など見たこともない。堂島は見た目はチャラいが、勿論装飾品は付けていない。 (うーん、ちょっと派手かな?)  全然派手ではないのだが、普段はジーンズやチノパンにチェックのシャツ、みたいな服装の榛名はなんとなく鏡の中の自分に違和感を感じた。しかし目的はバーなのだし、多少胸元が開いてたって別にいいいよな……と自分に言い聞かせた。  榛名はそわそわした気持のままマンションを出て、地下鉄に乗って街へ向かった。どうせならもうローズのある駅で降りて、どこか適当に食べるところを探そうと思った駅前は結構にぎわっていたはずだ。 * (なんかこの街……男同士多くない?)  なんとなくそう思った。別に自分がゲイだと自覚したからではない――と思い、榛名はあまり周りを見るのはやめて目についたファミレスにさっさと入った。 (なんか本でも持って来ればよかったかなぁ)  とにかく街に行けば時間をつぶせると思った。この間がそうだったから。でも今はネットカフェを探すのも面倒くさいし、カラオケにも行きたくない。頭にあるのは悔しいけれど、霧咲のことばかりだ。 (なんでこんなに気になるんだよ……)  これから会う相手なのだし、成り行きとはいえ二回も体を重ねているのだから気にならないわけがない、と思う。決して好きだから――というわけじゃ、ない。  女性を好きになれないと分かったところで、じゃあ霧咲を好きだ、なんて短絡的に決めつけるわけにはいかないのだ。なんとなく。 (大体気にはなるけど『好き』って、一体どういうのが『好き』なんだっけな……)  まさかそんなことがこの年になって今更わからなくなるなんて……と、榛名はまた自分自身に驚いた。だって、今までとは違うのだ。霧咲への気持ちは、今まで好きだと思っていた歴代の彼女たちに抱く想いとは、全然。  かなりのイケメンだけど少し――いや、かなり意地悪で、すぐに自分を『マジメだねぇ』とからかってくる。正直かなりムカつく。  でも榛名が黙りこむと急に優しくしてくれて、とろけそうになるキスと最高に気持ちのいいセックスを…… (ああ、今はそういうことは考えてる場合じゃなかった)  それと、ぽかんとした顔が年上なのに可愛くて、強引なところもあるけど引っ込み思案な自分としては、正直それは嫌ではない。医者としても、患者に対して丁寧で的確な指示を出してくれて、正直もうかなり尊敬しているというか―― (あれ?嫌なところってどこだよ……)  とにかく、今までは彼女に対して『優しくしてあげなきゃ』だとか『守ってあげなきゃ』とばかり思っていた。可愛いとか、エッチしたいとかそういうことは考えていなかったような気がする。 「………」  なんだか、歴代の彼女に対して今さら申し訳なく思ってしまった榛名だった。  軽く夕食を食べてコーヒーを追加で頼み、なんだかんだと思考して過ごしていたら、時刻はあっという間に19時45分になっていた。今から出れば20時には十分間に合うだろう、と計算してファミレスを出た。また心臓がドキドキと激しく鼓動し始めていた。 *  ドアベルを鳴らしながら、ローズに入店する。 「いらっしゃいませ。――あ、お客様!」 「こ、こんばんは」  榛名にとって、二度目のローズだ。相変わらず美人なマスターは、榛名がドアを開けたらこちらを向いて以前と同じようににこやかに挨拶をしてくれたが、はっと思い出したような顔をした。もしかして、一度しか来たことのない自分のことを覚えていてくれたのだろうか? 「お久しぶりですね!」 「あ……と、俺のこと、覚えて……?」 「勿論です。あの、霧咲さんって覚えてますか?あの夜貴方と飲んでたかっこいい方、あれから毎週日曜の夜、ずっと貴方を待っていたんですよ」 「え?」  霧咲が……ずっと自分を待っていた? 「もう一度会いたいって……それで、自分がいないときに来たら連絡してくれって名刺を渡されてて。あの、霧咲さんに連絡を差し上げてもよろしいですか?」  美人マスター――確かリュートさん、と呼ばれていたが親しくもない自分がなれなれしく名前を呼ぶわけにはいかない――は興奮したようにそう言い、自分のスマホをどこからかさっと取り出していた。周りで飲んでいた他のお客さんも、なんだなんだとマスターに注目している。  あの日と同じで、やはり客は全員男だった。 「ちょ、ちょっと待ってください!その、今日はその霧咲さんと待ち合わせなんです!」 「ええ!?ここ以外で再会したんですか!?」 「あの……はい。まぁ、そんなとこです」  さすがに職場で再会したとはなんだか言いづらい。それにしても、こんな反応をされるなんて驚きだ。霧咲はそんなに自分が来るのを待っていたんだろうか。そしてマスターは、そんな霧咲の姿を見て不憫にでも思っていたのだろうか。なんだか、胸がむずがゆくなった。 「すごい……詳細を詳しく聞きたいですけど、霧咲さんが来てからにしようかな。何時に待ち合わせなんですか?」 「えっと、20時です」  壁にかかっていたオシャレな時計を二人でちらりと見た。 「じゃあもうすぐですね。先に何か飲んでますか?」 「あ……じゃあこないだと同じカミカゼ……お願いします」 「かしこまりました」  榛名は、霧咲がおすすめしてくれたカミカゼと、霧咲が頼んだナイトアフロディーテしかカクテルの種類を知らない。ナイトアフロディーテでも良かったのだけれど、あのキラキラした綺麗なカクテルはなんだか特別感のようなものがあり、一人で飲むのはなんだか勿体ないと思ってカミカゼにしたのだった。

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