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第25話 再び、ローズへ②
榛名が腕時計をちらりと見ると、20時15分を過ぎていた。霧咲が来る気配はない。
(仕事が長引いてるのかな……)
看護師である榛名は、帰る直前に急患が来て帰れなくなる病院事情をよく分かっている。外科医の霧咲ならばなおさらだ。自分と一緒に居る時でさえ、既に二回も呼び出されていた。
(仕方ないよな……お疲れ様です)
心の中でそう言って、くいっとカクテルを煽った。勿論、この間みたいなことにはならないようセーブして飲んでいる。人が増えてきたが、マスターに頼んで自分の隣は予約として開けてもらっていた。
「霧咲さん、なかなかいらっしゃいませんね」
マスターは忙しいだろうにちょくちょく一人の榛名に話しかけてくれて、その心遣いが榛名には嬉しかった。きっとこんな優しくて美人なマスターだから、常連客も多いのだろうなぁと素直に思った。
「霧咲さんは医者ですから、仕方ないですよ」
「えっ?霧咲さんってお医者さんだったんですか?」
マスターの反応に、榛名もつられて「えっ?」となった。
「え、ええ……あの、常連なのに言ってなかったんですか?」
「はい。まあ、身分を隠して飲みたかったんじゃないでしょうか。そういう方は多いですよ」
「身分って」
二人でくすくすと笑いあった。……不思議だ。自分はとても人見知りなのに、このマスターとは普通に話せる。お酒が入っているからだろうか。自分も霧咲のように、いつか名前で呼べるようになりたいな、と思った。それに一人で飲むのは少し淋しいけれど、誰かを待っていると思ったらそこまで淋しくはない。
すると、ドアベルの音がして扉が開いた。
「リュートさん、こんばんはーっ!」
「こんばんはー」
「いらっしゃいませ。皐月くんに夏木くん」
(……霧咲さんじゃなかった……)
若い男の子が二人、仲良さげな雰囲気で入ってきた。二人ともスーツなので会社帰りだろう。本当に男の客が多いな、と思った。彼らもマスターと仲良しで、常連らしかった。奥の開いているカウンター席に座ると、楽しそうに談笑している。
(いいな……楽しそう)
はあ……と軽くため息を吐いたら、いきなりスマホが震えだした。
「!!」
慌ててタップすると、そこには『霧咲誠人』と表示されている。
「……ん?」
(俺、霧咲さんに番号教えたっけ……?)
一瞬そんな疑問が頭をかすめたが、霧咲のことだからきっと抜かりなく近藤にでも聞いたのだろう、と思い小声で電話に出た。
「もっ……もしもし?」
『もしもし、榛名?今ローズにいる?』
霧咲の声はなんだか慌ただしい。今日初めて会話をするのに挨拶もナシだったので、榛名は完全に『お疲れ様です』と言うタイミングを失った。
「い、いますよ……大体、今日は貴方が来いって言ったんじゃないですか」
『そうだね、すまない。あと30分ほど遅れそうなんだが、待っていてくれるかい?』
「別に慌てないでいいですよ、美人なマスターと楽しくおしゃべりして待ってますから。あ、マスターに霧咲先生が医者ってことバラしちゃいましたけど、構いませんよね?」
別にそこまで仲良くなったわけではないが、少々見栄を張った。なんとなく、霧咲に一人で淋しく待っているなんて思われたくなかったのだ。
『ああ、構わないよ……でもくれぐれも他の男に付いていかないように』
「ついてくわけないでしょう!」
男の自分がそう何回も男に声をかけられてたまるか、と思った。すると電話の向こうから、『霧咲先生、ちょっといいですか!』と呼ぶ女性の声がした。きっと忙しいのだろう。
『すまない、切るよ』
「はい、頑張ってください」
通話終了ボタンを押したのは、榛名の方が早かった。多分、霧咲が来るのは30分後ではなくて1時間30分後くらいだろうと榛名は予測する。今から着替えたとしても、K大からここに来るまでに最低30分かかりそうなのに、今からまだ仕事をするのであればそれくらいはかかるだろう。自分を帰したくなくて、適当に早めに言ってるんだろうなとも思った。榛名は明日も休みで暇だし、霧咲が来るのなら何時になっても帰るつもりなどないのだけど。
(なんで俺、健気にあの人のこと待つつもりでいるんだろ……)
また、ぐいっとカクテルを煽った。このペースじゃ霧咲が来るまでにあっというまにまた3杯は飲んでしまう。なので次はソフトドリンクを頼もう、と思った。
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