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第39話 報告と、新たな出逢い
榛名は長くて退屈な主任会議の途中、暫し回想に耽っていた。今から一か月半ほど前、再びローズを訪れた日のことを。
*
それは、榛名と霧咲が晴れて恋人同士になった二週間後の土曜の夜。霧咲は榛名との経緯をマスターに報告するため、榛名は騒ぎを起こしたことをマスターに謝罪するために再びローズを訪れていた。今度は妙なナンパなどをされぬよう駅で待ち合わせをして、二人でそのドアを開けた。
「いらっしゃいませ……あ、霧咲さん!」
「こんばんは、リュートさん」
「こ、こんばんは」
榛名は霧咲の少し後ろから、少しオドオドとした態度でマスターに挨拶をした。マスターはニコニコと笑って出迎えてくれているが、榛名は『きっと迷惑な客がまた来たと思われてるに違いない……』と思い込み、絶望的な顔をしながらその場でバッと頭を下げた。
「あ、あのマスター、この間はお騒がせして本当にすみませんでした!」
「えっ?」
「その、変な騒ぎおこしちゃって、バーの雰囲気を壊しちゃったっていうか!他のお客さんにもご迷惑を……」
「ああ!別に謝らなくていいですよ、慣れてますから。それにあの後、お客さんたちも大盛り上がりでしたし」
「へ?」
榛名が顔を上げると、既にカウンターに座っていた客――確か先週も来ていた常連のような若者二人組――の内の一人が、榛名を見ていきなり
「あ、あの時の姫だ!」
と言った。まだ早い時間帯だったので、先客はその二人だけだった。
「ひ……っ、姫ぇ?」
そう言ったのはとても可愛らしい顔立ちをした青年だったので、榛名は(いやいや、むしろ姫はそっちでしょうに!)と心の中で思ったが、吃驚して言葉が出てこなかった。
すると、榛名を『姫』と呼んだ可愛らしい青年の連れ(こっちは爽やかな好青年)が、
「広川、本人にいきなり姫なんて言ったらびっくりするだろ?」
と諌めた。しかし。
「あ、ヒーローもいる!こんばんは、こないだは見ててこっちまでドキドキしましたよ!ドラマみたいで。あの後お二人は無事に恋人同士になったんですか!?」
「おーい、聞けよ……」
「え、えっと…!」
どうやら騒いだことは迷惑だとは思われてなかったみたいだが、いきなり姫と呼ばれたりヒーローと呼ばれたり(こっちは霧咲のことらしいが)、更にあの後のことを聞かれて、榛名は何から突っ込めばいいのか分からずに混乱してしまった。すると、横から霧咲が助け船を出してくれた。
「何やら光栄な呼び名で呼んでくれてありがとう、おかげで無事に姫を手に入れることができました」
「わぁー!おめでとうございますっ!」
ぱちぱちぱち、と拍手をしてくれる仕草も可愛らしい。好青年の方も少し諦めたような顔で、一緒に拍手をしていた。
「ちょっと霧咲さん……誰が姫ですか」
「ノリだよ、ノリ。ほら榛名、まずはリュートさんに自己紹介でもしたら?名乗ったことないんだろう」
「あっ……」
マスターの方を振り返ったら、マスターも青年達と一緒に、嬉しそうに拍手をしてくれていた。そして改めて、榛名はマスターと常連客の若者二人に向かって自己紹介をした。
「え、と……榛名暁哉と申します、看護師をしています」
「看護師さんなんですか!そうか……霧咲さんがお医者様だから……なるほどなるほど」
どうやらマスターは二人が再会した経緯は説明をせずとも、なんとなく分かってくれたようだった。
「あ、僕のことはリュート、と良かったら名前で呼んでくださいね」
「え、いいんですか?」
「ええ、常連さんには名前で呼んでもらいたいですから。こちらも榛名さん、とお呼びしてもよろしいですか?」
「勿論です、嬉しいです!」
榛名は何故か泣きそうになってしまった。多大な迷惑をかけたのに、マスターが再びこんな自分に優しく対応してくれるなんて思っていなかったのだ。
「こっちの二人も僕から紹介しますね。奥の彼は夏木功太 ……僕の恋人です」
「えっ、恋人!?」
「はい」
好青年は少し恥ずかしそうにはにかんで、マスターは肯定した。そう言えば霧咲が、この間の常連客の中にマスターの恋人がいたと言っていた。年下の、カッコいい恋人だと…。
榛名はまじまじと夏木を観察して納得した。榛名よりも少し年下だろうか。確かに彼はカッコいい。
「夏木です。あっ、よかったら名刺をどうぞ……よろしくお願いします」
仕事は営業なのだろうか。慣れた手つきで名刺を取り出すと、丁寧に頭を下げてくれた。榛名と霧咲もぺこりと頭を下げて、名刺を受けとった。
「それとこっちが広川皐月 くん。僕の兄の恋人です」
「え、お兄さんの?」
それって二人はどういう関係になるんだっけ?と榛名は一瞬考えた。別に考える必要はないのだが。
「広川です。リュートさんは俺のお兄さんみたいな存在なんです。夏木とは部署は違いますけど、同期で友達です。それともうすぐ俺の恋人も来ますので、来たら紹介させてくださいね!あっ、俺も名刺!」
「あっ、そんないいですよ、俺は名刺とか持ってないので……」
「え、きみ持ってないの?」
霧咲に意外だ、という顔で言われたので、榛名は心外だ、という顔で言い返した。
「医療関係者は普通持たないでしょ!?」
「こういう時に便利なんだよ。格好が着くだろう?」
「………」
霧咲は普通に懐から名刺入れを出して、「霧咲誠人です、外科医です、よろしく」と挨拶をしながら夏木と広川に名刺を渡していた。ついでに榛名にも一枚くれた。何で医者が名刺持ってんだよ!?と榛名はツッコみたかったが、また言い返されそうだったからやめておいた(ちなみに名刺には医者とは書かれていなかった)
「霧咲さんはいつもと同じカミカゼでいいですか?榛名さんはどうします?」
「あ、じゃあ、俺も」
「たまには違うのを頼んでみたら?どうせこの間もカミカゼしか飲んでないんだろう」
榛名は霧咲のようにこだわりがあって――何のこだわりかは分からないが――カミカゼを飲んでいるわけではない。それを見透かされたのか、霧咲にそんなことを言われたので口を尖らせて言い返す。
「だってカクテルの種類、それしかわかんないんだから仕方ないじゃないですか」
「そういうときは、マスターにオススメを訊くものだよ」
榛名がマスターをちらりと見ると、マスターは霧咲の言葉を受け取って、なにやらお薦めを教えてくれた。
「あんまり甘くない柑橘系のカクテルがお好きなのでしたら、ギムレットなんかお薦めですよ。一度飲んでみますか?こちらはジンとライムのカクテルになります」
「あ、じゃあその……それをお願いします」
「ギムレット、ね」
「わかってますよっ」
いちいちうるさいなぁと思って霧咲を睨むと、ニヤニヤと笑っていた。どうやらまた、からかわれたらしい。榛名が反応すればするほど霧咲には楽しいようだ。榛名は少し頬を膨らませて、ふんっと鼻息を荒くした。
マスターがシェイカーを振り出すと、榛名は霧咲から目線を外してそちらを見た。美人なマスターがシェイカーを振る姿は何度見ても色っぽくて、榛名はいつもぽーっと見惚れてしまう。
「俺がローズに通う理由が分かるだろ?」
「すごく、わかります」
「……あんまり見つめられると、緊張するんですけど」
マスターが少し恥ずかしそうに笑った。
「リュートさんはほんとに美人だから見惚れても仕方ないと思います!な!夏木っ」
「当たり前だろ、俺の恋人なんだからな」
「もう、功太ってば……」
恋人にそう言われて照れるマスターは、美人だけど可愛いな、と榛名は思った。そして榛名と霧咲にカクテルが渡されて、マスターも一緒に5人で乾杯をした。
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