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第40話 報告と、新たな出逢い②
「あの、榛名さん」
「はい?」
隣に座る広川に、突然話しかけられた。
「敬語じゃなくていいですよ。多分同じ年か、俺の方が年下ですよね?あ、俺は25なんですけど……」
「俺は28です。じゃ、遠慮なく……はい」
「あはは、直ってないですよ!まあいっか。さっきこないだのこと気にされてたみたいですけど、俺も前にローズで騒ぎやらかしちゃったことあるんです。だから仲間なので、大丈夫ですよ!そんなことでリュートさんはお客さんを邪険にしたりしませんから。ね、リュートさん!」
「うん、でもあのお客様は出入り禁止にしちゃった」
「え……出禁?て、あの……チャラい人をですか?」
もうあまり顔は思い出せないが、やたらとピアスや指輪などの装飾品をしていたことは覚えている。
「前から少し気になってはいたんです。毎回違う人を誘っていたので。ウチはそういう場所じゃありませんので、一夜の相手を探したいだけなら二丁目に行ってくださいってこの間来られた時に強く言いました。だからもう二度と来ないと思うので、安心してくださいね、榛名さん」
「は、はい……」
ニッコリと笑ってそう言うマスターに、榛名は少したじっとした。見かけによらず、結構気が強いのかもしれない。
「でもそれなら霧咲さんも俺と初めて会った夜、同じようなことしてましたよね」
榛名はちらり、と横目で霧咲を見て言った。
「俺はその男と違って一夜限りにしようなんて思ってなかったよ。それは完璧に君の勘違いだね。大体、ナイトアフロディーテまで頼んで君を口説こうとしたじゃないか」
「あ、そういえばそんなことを言ってましたね……」
二週間前にホテルの部屋で、『ナイトアフロディーテを頼んだのは初めてだ』と……。でも、それは一体どういう意味なのだろうかと、榛名はずっと気になっていた。
「ナイトアフロディーテは、相手を口説きたいときに頼むカクテルなんですよ」
「えっ?」
マスターが、ふふっと楽しそうに笑って教えてくれた。榛名は思わず霧咲の方を見た。
(……そうだったの?)
霧咲は、優しい目で榛名を見つめていた。思わずドキン、と胸が高鳴る。すると今度は榛名の隣で広川が歌うように言った。
「星の舞い落ちる夜空の下、出会った二人に愛が芽生える……俺も悠さんにナイトアフロディーテで口説かれましたよ。なんかジンクスみたいなのも出来ちゃってますよね」
その時のことを想いだしたのか、彼はうっとりとした顔でオレンジジュースを飲んでいる。(何故彼だけノンアルコールなのか理由は分からない)悠さん、という人物が広川の恋人なんだろうということは伺えた。この場で唯一パートナーが不在な彼は、なんだか少しうずうずしている。早く恋人に会いたいのだろう。
「へぇ、なんだかロマンチックですね」
「そのジンクスを聞いたときに、俺もずっと頼んでみたいと思っていたんだ。でも、そんなに気軽に頼めるものじゃないだろう?でもあの日君に逢って……思わず自然に頼んでしまっていた。君が俺の、運命の人だって思ったから」
霧咲が、榛名の目をまっすぐに見つめてそう言った。
「え……」
「暁哉、愛してるよ」
霧咲はグラスを置いて、榛名の頬に手を当てた。
「ちょ、ちょっと、霧咲さん!?」
霧咲はぐいぐいと迫ってくる。マスターや広川たちは、口元を手で覆って楽しそうに榛名と霧咲を見ていた。榛名はこれ以上霧咲が近づいてこないように霧咲の胸元を必死で抑えて抵抗するが、そんな抵抗も虚しく、霧咲はどんどん榛名に向かってきて――
「あの、人前で恥ずかしいんですけど!」
「君が言ってそれほど説得力のない言葉はないな」
キスされそうなくらい顔を近付けられたので、最後の抵抗で榛名は俯いた。すると今度はぐいっと顎を持ち上げられ、無理矢理霧咲の方に顔を向けられた。
まさか本当にこの場でキスをするつもりなのだろうか?榛名は焦って言った。
「ちょっ、本気でやめてください!」
「君はもう少し本気の抵抗の仕方を覚えた方がいいね」
そんな榛名を助けるかのように、ドアベルが静かに音を立てて鳴った。
「……なんだか今夜は楽しそうだな?」
全員がその声にドアの方を見ると、そこには高そうなスーツをキリッと着こなした長身の男前が一人、立っていた。
「悠さん!!お帰りなさーいっ!」
「ただいま、皐月」
いつの間にか広川は彼の元に駆け寄っていて、その胸の中にギュッと飛び込んだ。状況的に、彼が広川の恋人の『悠さん』らしく、愛しの恋人がやっと来てくれて広川は本当に嬉しそうだ。『悠さん』の方も、「遅くなってごめんな」と、広川を愛おしげに抱きしめている。その様子をあっけにとられて見ていたら、耳元でそっと霧咲に囁かれた。
「……助かったと思った?」
「え?」
多分、誰も見ていなかった。霧咲は榛名に囁いた後、頬に軽くキスをしたのだった。
「!!」
「だめだよ、油断したら」
「……肝に銘じておきますっ」
榛名は、真っ赤になった全く迫力のない顔で霧咲を睨みつけて、ギムレットをグイッと飲んだ。ちなみに、霧咲のそのキスを見ていなかったのは背中を向けていた広川だけで、後は全員がしっかりと見ていた。
*
「初めまして……というか、何回かローズでお会いしてましたよね?話すのは初めてですけど。リュートの兄の香島悠 と申します。お二人の話は後から聞きました、なんかドラマみたいだったって皐月が騒いでて、俺もその場にいたかったなって思ってました。で、お二人のその後は……聞かずもがなってところですかね?」
「霧咲誠人です。お陰様で無事、恋人同士になれました」
どうやら『悠さん』こと香島悠は、霧咲とは顔見知りだったらしい。霧咲もローズの常連なので、それは当たり前なのかもしれない。
「それで、そちらの方が……」
「は、初めまして、榛名暁哉です」
今香島と広川は、『予約席』というプレートの置かれたテーブルに座っている。榛名は誰かがこのテーブル席に座っているのを見たのは初めてで、どうやらこの予約席はこの二人のためだけのものらしかった。
「兄さん、霧咲さんはお医者様で、榛名さんは看護師をしているらしいですよ」
マスターが兄の香島に説明した。
「へえ、じゃあ職場恋愛ですか?あれ、でも二人はローズで出会ったとかって……」
「ローズで会った後に病院で再会したんですよね?……あれ、でも同じ病院だったなら再会するのに一か月もかからないですよね。看護師さんなら同じ病院の先生だって知ってるでしょうし……」
「えっと、それはですね」
榛名は、しどろもどろになりながらも、霧咲と再会した経緯を話したのだった。
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