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第56話 穏やかな幸せ

 霧咲も普段より酔っているせいか、榛名の身体を気遣うのもそこそこに激しく攻め立てている。いつものように優しく甘いキスや、耳や首を舐めて愛撫することもしない。しないというより、霧咲自身が余裕を無くしているのかもしれない。  榛名のことが好きすぎて……自分のせいで乱れる榛名が可愛すぎて……。  この存在を絶対に手放すものか、と心に誓う。榛名の全てを見て、知って、コントロールして、絶対に自分の許から離してやらないと。そのためにはどんな苦労も惜しまない。  もう二度と、あんな想いを抱くつもりはないのだから。 『俺、結婚することにしたんだ、彼女と。そしたら誠人とも、一生一緒に居れるだろう?』  他人の命を救う立場である自分が、本気で他人に殺意を抱いたことがあるなどと……この愛しい存在には、絶対に知らせてはいけない。だから榛名には、何も教えない。  榛名には綺麗なモノしか見せたくないのだ。それが自分のエゴであろうとも、霧咲はそう思っている。 * 「や……!っあ、あ、いくぅ!きりさきさんっ、いっちゃう!また出ちゃう……!!」  もう榛名は限界のようで、足がガクガク震え始めている。それは霧咲も同様だった。 「いいよ暁哉、自分のイキたいタイミングでイって!俺ももうイクから……!」 「や、違、またおしっこも一緒に出ちゃっ……ひぁ、」  榛名がイく一歩手前で、霧咲は榛名の身体をグッと起こして後ろから抱き締め、そのペニスを便器へと向けた。 「ひああぁっ!」  榛名が先に絶頂に達し、その先端からは白濁がぴゅるると勢いよく飛び出した。そして霧咲も榛名の締め付けに耐えきれず、榛名のナカにドクドクッと大量の精を吐き出した。 「ハァッ……ハァッ……!」 「んあぁぁ……っ」  恍惚な榛名の声と、シャアアーッという勢いのいい水音が再び個室の中に響き渡る。 「ふふっ……またたくさん出てるね、君のオシッコ」  榛名は射精したあと、また霧咲の手伝いにて――今度は対して抵抗することもなく――二度目の放尿をしたのだった。 *  二人は浴室に移動してからも、また繋がっていた。湯を溜めている最中にそういう空気になったので、まだ湯が浅い浴槽の中で榛名は霧咲の上で腰をくねらせていた。 「あ、あ、もぅ無理ぃっ……!」 「無理じゃないよ、若いんだから……。ほら、もっと腰振って?」 「あぁーっ!」 「可愛いよ、暁哉」  今夜だけで何度イカされたのか、榛名はもう分からなくなった。 *  入浴を終えてベッドに横になった時には既にクタクタになっていて、目を閉じたらすぐに眠りに落ちてしまいそうだった。しかし霧咲がまだ脱衣場から戻ってきていないので、起きて待っていようと思ってはいるのだが……。  その時、霧咲の携帯が遠くで震えているのに気付いた。 (ん……?携帯のバイブの音……?) 「こら、髪を拭かずに寝たらだめだよ」 「だってもうねむいです……」 「ドライヤー持ってきたから乾かしてあげる。ほら、座ってごらん」  榛名は頑張ってのっそりと身体を起こすと、既にベッドに座っている霧咲の隣に座り、こてんとその肩に頭を預けたもう脳の半分は寝てしまっているようだ。 「ねえ、そんなに近いと風当てれないよ?それに髪、濡れすぎだから。風邪引くだろう」 「だからいらないですって……俺、いつも自然乾燥ですし……」 「君、そういうとこ意外と男らしいっていうか、適当だよね」  霧咲は榛名の頭を抱え起こすと、自分よりも細い肩を支えてドライヤーをかけ始めた。本当は両手でしたいのだが、今肩を離したら榛名は前か後ろに倒れてしまうだろうからそれはできない。 「……そういえば、さっき携帯震えてましたよ。病院からの呼び出しかも……」  目を閉じたまま風を受けて、榛名は霧咲に教えた。教えなければ霧咲は電話には気付かずに朝までずっと一緒に居てくれるんじゃないか……と一瞬思ったが、やはり黙っていることはできなかった。こういう時、自分のクソマジメな性格が嫌になる。 「病院からの呼び出しだったら音が鳴るから、プライベート用かな。でもどうでもいいよ、プライベートで君より優先させることなんてないからね。それに呼び出しだったとしても、今は酔ってて仕事どころじゃないし……腎臓外科医は俺だけじゃないんだから、当直医になんとかしてもらうさ」 「はは……それって夜勤のナースからは最高にムカつく対応ですよ。主治医に連絡取れないのって……」  当直の医者の中には、透析患者の対応がよく分かっていない医者がたまにいる。主治医に言ったら簡単に指示を出してくれるようなことでも手間取ることが多いため――普段からその患者を見ているわけではないから当然なのだが――夜勤中に何か起こった時、当直医にはあまり指示を仰ぎたくないのだ。  もっとも、T病院の全透析患者の主治医である奥本が電話に出てくれさえすれば解決するのだが、奥本は家にいる時はあまり電話に出てくれない。 「君は今夜勤中じゃないから、何の問題もないね。医者にだってプライベートは必要だ」 「屁理屈っぽく聞こえる……」  口ではそんなことを言いながらも、榛名は幸せだと思った。霧咲に何よりも優先してもらえること。先ほどは激しく揺さぶられていたけど、セックスの最中はそれでいいしむしろ激しい方が好きなくらいだ。それに今はこうして、まるで壊れ物みたいに優しく扱ってくれるから。  榛名は女性じゃないから、そんなに大事に扱ってもらわなくても簡単には壊れない。それなりに図太いし、ズルいところだってある。  でも、それを隠して霧咲に甘えている。それは恋人である自分だけの特権だと思うからだ。 「おーい、暁哉……まだ寝るんじゃないよ、淋しいだろ」 「………」 「はぁ。寝顔まで可愛いんじゃ起こすこともできないな……」  本当はまだ、目を瞑っているだけだった。眠った自分に話しかける霧咲の言葉は少し恥ずかしくて、くすぐったい。くすくすと笑う声が心地よくて、ずっと聞いていたい。暖かな腕に包まれて、穏やかな気持ちになる。今まで彼女といたときは絶対に得られることのなかった絶対的な安心感だ。(多分、与えてあげることもできていなかったけど)  許されるならば、24時間霧咲と一緒に居たい。結婚することが、他人と一緒に生活するのが苦痛だなんて、どうして思っていたのだろう。  本当に愛する人と過ごす時間は、こんなにも…… 「……おやすみ、暁哉」  ベッドに寝かされて、毛布を掛けられる。榛名の意識は完全に飛ぶ寸前だった。しかし、霧咲の話している声が聞こえる。何を話しているのかまでは聞こえないけれど……先ほどの電話の相手だろうか。  こんな夜中にかけてくる相手なんて、友達か……それとも、家族?霧咲の両親は、一体どういう人なんだろう。きょうだいはいるのだろうか。いつもうまくはぐらかされていたから、起きたらちゃんと聞いてみたいと思った。 「……こんな時間に電話をかけてくるな、蓉子。俺はいつも忙しいと言ってるだろ。はぁ?そんなことは母親であるお前の役目だ。俺は亜衣乃の父親じゃないんだ。何度も言わせるな」  こんな幸せな時間があるひとつのきっかけで一瞬でなくなってしまうなんて、今まで真剣に恋をしたことがない榛名には全く想像がつかないし、想像することもない。 ずっと霧咲と一緒に穏やかな時間を過ごしていくと信じながら、榛名は深い眠りに落ちていった。

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