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第85話 大人の時間②

 潤滑剤を使っていないため、どんなに指で慣らしていても受け入れるのはキツイ。けれど、霧咲を感じられる痛みすら愛しい。榛名は襲いかかる圧迫感に耐えながら、霧咲を深く深く受け入れていく。 「暁哉……」 「あ……っ、ぁあ……っ」 「愛してるよ」  何度目かのその言葉に、更に涙が溢れてくる。きっと何回聞いても言っても足りない。  愛してる。  愛してる。  愛してる……。 「そういえば君からの返事をまだ聞いてない。俺と結婚してくれる?」 「何でいまっ?ぁっ……!」  よりによって何故今この瞬間に、返事を強要してくるのだ。榛名は涙で涙腺が壊れた瞳で霧咲を睨みつけた。 「今だから、だよ」 「ひ……ひきょう、じゃないですか」  この状況で霧咲のプロポーズを断れるような精神を榛名は持ち合わせていない。断るつもりなど毛頭ないのだが。 「そうだよ、俺は卑怯なんだ。いつも恐くてたまらない」 「……?」 「暁哉……俺を安心させてくれないか」 (なんでそんな泣きそうな顔、するの……?)  榛名は、時々霧咲が分からなくなる、それは10も離れている年齢のせいだと思っていた。でも、本当は違うのかもしれない。  榛名が勝手に年齢で線を引いて、霧咲の心を理解しようとしなかっただけで……本当の霧咲はすごく臆病で、弱い人間なのかもしれない。いや、きっとそうだ。そしてそれは彼の前の恋人のせいなのだろう。 「あ……っ」  そして、榛名は霧咲のすべてを受け入れた。  霧咲が不安そうな顔をするのは、もしかして榛名にプロポーズを断られると思っているのだろうか。そんなことは絶対にありえないのに、そんなふうに思う霧咲に少しだけ怒りを覚える。しかし数日前の自分の行動を思い返すと、今の霧咲を責めることなど榛名にはできない。  榛名はじっと不安そうな顔を向ける霧咲を、目を細めて見つめ返した。 「断るわけ、ないでしょう……ずっと、一生一緒に居たいって何度も言ってるじゃないですか、俺も貴方を愛してるって」 「暁……」 「問題は山積みかもしれないけど、貴方と離れることに比べたらなにも怖くない」 (俺も、彼を安心させてあげなきゃ……)  霧咲のように、言葉と行動で示したい。でも、何をしてあげたらいいだろう?どんな言葉を掛けたら霧咲は心から安心してくれるのだろう?結婚するだけでは足りない気がする。  どうしたら前の恋人に付けられた大きな傷を癒してあげられるだろう?  分からないから……  ずっと、傍に居る。 「ひ、あっ!」  いきなり霧咲が腰を掴んで突き上げてきたので、思わず声を洩らしてしまう。 「暁哉、声抑えて……!」 「ンンッ!」  目を閉じて、ぎゅっと口を結ぶ。どこまで我慢できるかは分からない。最大限の努力はするけども…… 「後出しばかりで、本当に悪いんだけど……仮に俺が亜衣乃を引き取ったとしても、きみは俺と結婚してくれる?」 「は?そんなの当然でしょ!いきなり子どももできたんじゃ親も喜びますよ……っ!」  だって、愛しい。  霧咲に関することは、全部愛しいのだ。 (俺に関することでどうでもいいことなんて一つも無いって言ってくれたけど……そんなの、俺だって同じなんだ)  昔の恋人も、霧咲には忘れたい過去なのかもしれないけれど。それを含めて今の霧咲が在る。だから、全部愛しい。 「あっあっあっ……っ!!」  霧咲が腰をグラインドさせて、しつこく前立腺を刺激してくる。榛名はパジャマごと霧咲の肩に噛みついて、必死で声を噛み殺した。自分の涎で霧咲のパジャマが湿っていくがそんなこと構っていられない。 結合部から聞こえてくる水音で、きっと自分のパジャマももうドロドロだろ。あと二人分の新しいパジャマはあるのだろうか。シャツなどで全然構わないけれど、明日亜衣乃が起きたら二人の服装が違うことに変に思わないだろうか。今は言い訳など一つも思いつかない。 「んふッ、う、ンッ、ン、ンッ!」 「いい子だね、しっかり声抑えて……」 「は、肩、ごめんなさっ!」 血が滲みそうなくらい、強く噛みついていた。きっとしばらく噛み痕は消えないだろう。 「いいよ、噛み千切っても。君にされるならなんでも嬉しい」 「そ……なったら毎日、消毒、処置ですね、優しくしてあげますから……っ、ひあッ」 「君が付けた傷なんだから、当然だろ?」 そんな会話を交わしながら、二人はどちらともなくキスをする。お互いに唇を食べ合って、しつこいくらいに舌を絡ませ合って。霧咲が止まると榛名が腰を揺らして、2人で絶頂へと昇っていく。 「あ……も、いきそうっ!」 「いいよ、好きな時にイって……!」 ラストスパートで霧咲が榛名を激しく揺さぶり、榛名も霧咲にしがみつく。丁度榛名の首に顔が当たり、霧咲はお返しとばかりに榛名の首筋に強く噛みついた。 「ひあァッ!?」 「ン……!」 榛名はその刺激であっさりと絶頂に達し、霧咲もその時の榛名の締め付けに耐えきれず、榛名のナカに精を吐き出した。 しばらく繋がったままで抱き合い、二人は息を整えていた。 「はーっ、はーっ」 「気持ちよかった?」 耳元でそう囁く霧咲の声に再び身体が熱くなりそうだったが、そこはぐっと耐える。もう時間も遅いし、これ以上は出来ない。明日も朝から予定があることだし……。 「ハイ……けど、首!」 「くっきり痕付いたねぇ」 「どうしてくれるんですか。月曜から仕事なのに!」 一週間以上は残るのではないか、と思う。 「湿布でも貼ればいいんじゃない?寝違えたことにして」 「数日間も?」 「別に、俺は何もしなくていいと思うけどね」 T病院の透析室だったら、榛名のキスマークを見て喜ぶ看護師は確実に二名はいる。他のスタッフにも自分たちの関係はバレているのだが、このことがバレたら榛名はきっと辞めるだろうと彼の性格を知っているスタッフ達は黙っていてくれている。 「他人事だと思って……」 「俺だって君に肩を噛まれたからおあいこさ。これから聴診器(ステート)を掛ける度に痛いと思うよ」 ――その時だ。 「まこおじさぁーん……」 「「!?!?」」 その場にそぐわない眠そうな声がしたかと思ったら、半分寝てるような亜衣乃がクマのぬいぐるみを抱っこした状態で、リビングのドアを開けて立っていた。 「あ……亜衣乃?トイレはここじゃないと何度も言ってるだろう」 まだ繋がった状態で榛名を膝に乗せているのに、何でもない風に霧咲は言った。榛名は気が動転して死にそうになったが、とりあえず口を金魚のようにパクパクとする以外は微動だにしなかった。 「まこおじさんとアキちゃん、何してるのぉ……?」 「お……おうまさん、ごっこ?」 榛名の口から出たのは、そんな言葉。 「亜衣乃も明日、メリーゴーランド乗るの……」 「分かったから、早くトイレに行って寝なさい」 「はあい……」 どうやら亜衣乃は寝ぼけていたようで、それ以上は何も言ってこなかった。リビングのドアを閉めるとトイレへ行ったらしい。 「………」 「霧咲さん……」 「俺たちも着替えて、寝ようか?」 「お説教はまた、26日ですね」 二人は順番に軽くシャワーを浴びて、シャツとスウェットに着替えた。 榛名が寝たのは霧咲の大きなベッドで、亜衣乃を真ん中にして三人で親子のように仲良く就寝した。

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