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第86話 クリスマス、遊園地にて

「まこおじさん!アキちゃん!早くぅー!!」 「ちょっ……ちょっと待って亜衣乃ちゃん!そんなに早く走ったら危ないよ!」  次の日、榛名達はとある遊園地へと遊びに来ていた。霧咲は2年ほど前から亜衣乃に『クリスマスプレゼントに物はいらないから、自分のお願いを聞いてほしい』と言われているらしく、今年の御所望のプレゼントは『遊園地で遊ぶこと』だった。  そんなわけで榛名は痛む腰を引きずり、霧咲は疲れの残った身体を引きずりながら遊園地へとやってきたのだった。勿論、疲れている顔は表には出さない。  今朝、霧咲と榛名の服装が昨夜と違っていることは当然突っ込まれたが、霧咲は『薄くて寒かったんだ』と言い、亜衣乃はあっさりと納得した。昨日見た光景のことはあまり覚えてないらしい。ただ、伯父とその彼氏がイチャイチャしていたということは分かっているようだが特に何も言われなかった。 「アキちゃん、足おそーい!早く来てよぉ!まこおじさんはおじさんだから遅いのは仕方ないけどー」  25メートルほど先の遊園地の入り口前で、亜衣乃がぶんぶんと手を振りながら榛名と霧咲に呼びかけている。 「聞き捨てならないな……俺は暁哉より足早いよ」 「ちょっと。なんなら勝負しますか?」 「初めから負ける勝負は挑むものじゃないよ、暁哉」 「あー、言いましたね?……よーいドン!!」  榛名は、自分の方が10歳は若いんだからと勝負を挑んだはいいものの、腰が痛かったことを思い出した。それと、昨日宮崎空港であっさりと霧咲に捕まったことも。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  結局榛名は、自分が挑んだ勝負にあっさりと負けた。 「まこおじさんの勝ちー!アキちゃん本当に足遅いんだね……」 「真顔で言われるとちょっと傷つくなぁ」 「ほらね。自覚しなさい」  霧咲が入場チケットを購入して、3人は遊園地のゲートをくぐった。 * 「遊園地とかかなり久しぶりです。ここ、俺初めてですし」 「俺は前に亜衣乃と二人でディズ〇ーランドに行った以来かな」 「違うよまこおじさん、夏に花やしき行ったでしょ!」 「ああ、あれ以来か……」  亜衣乃を真ん中にして、三人は手を繋いでいる。今日榛名と霧咲は小さなお姫様をエスコートする騎士役だ。ちなみに榛名は今日の服は霧咲に借りていた。 「それにしても亜衣乃、なんでこの遊園地なんだ?俺はてっきりまたあの夢の国かと」 「クリスマスなんかに行ったら人が多すぎて乗り物乗れないもん!だからこういう小さな遊園地でいいのっ。それにまこおじさん、あんまり並ぶ時間長いと不機嫌になるし」  亜衣乃の返事を聞いて、それはもうあんまり一緒には行きたくないだろうな……と榛名は思った。しかし。 「でもここも人多いね」 「あそこよりはだいぶマシだよ、アキちゃん」  今日も亜衣乃は昨日と同じ服装に、ツインテールだ。霧咲がこの子を引き取ったら、自分はこの子の親になるのだろうか。……男二人が両親なんて嫌だろうなぁ、と苦笑する。  霧咲は昨日『俺が亜衣乃を引き取っても』と言ったけど、それは亜衣乃に先に尋ねることではないか、と思った。 「それにここの遊園地は、クラスの子たちが結構楽しいって話してたから」 「へえ、それは楽しみだね。じゃあさっそく乗り物並ぼうか。亜衣乃ちゃん何乗りたい?」 「メリーゴーランド!」 「……あ、うん。メリーゴーランドね……」  昨夜のことを思い出して、榛名は少し引きつって笑った。霧咲はそんな榛名を見て、斜め後ろを向いて口元を軽く抑えて笑っていた。 「俺はここで見てるから、二人で乗っておいで」  メリーゴーランドの前で霧咲が榛名と亜衣乃にそう言ったが、亜衣乃はそれを許さない。 「何言ってるの?まこおじさんも乗るのよ!ねえアキちゃんはどの動物にする?亜衣乃はねぇ、あの可愛い馬にする!」  そのメリーゴーランドには、馬だけでなく色んな動物や乗り物が設置されていた。ちなみに子供は小学生まで沢山乗っているが、大人はあまり見かけない。小さな子供連れの親くらいで、しかも片方だけだ。もう片方は撮影係をしているのが殆どである。 「じゃあ俺は、あのうさぎにしようかな。霧咲さんは?」 「……かぼちゃの馬車にするよ」  三人は固まって乗り物に乗った。陽気な音楽が鳴りだして、メリーゴーランドが回りだす。 「あはっ、楽しい~」 「亜衣乃ちゃん、こっち向いて」 「えー?」  榛名は、携帯を向けて亜衣乃の写メを撮った。 「記念撮影だよ」 「アキちゃんもっかい!ちゃんとポーズ取るからぁ!」 「えー?不意の顔が可愛いんだよ~」  榛名と亜衣乃が仲良さげに話しているのを、霧咲は微笑みながら見つめていた。 * 「あー楽しかったぁ!次はジェットコースターに乗りたい!その次はコーヒーカップ!!」 「うん、順番に乗ろうね」  いつの間にか亜衣乃は榛名とだけ手を繋いでいる。霧咲は後ろからその光景を見て少し嫉妬したが、微笑ましい方が強かった。 (こんな日が来るなんて……)  亜衣乃のことをいつか榛名に話さねばならない、と悩んでいたのが嘘のようだ。榛名はあっさりと霧咲の過去も家族の話も亜衣乃の存在も受け入れてくれた。  しかし、言っていないことがまだ一つだけある。言うべきか、言わざるべきか……それは前者に決まっている。まだ不安は残るが、きっと榛名なら受け入れてくれると信じている。 「まこおじさんってばぁ!亜衣乃の右手があいてるよ!それともアキちゃんと手つなぎたいの?」 「ああ……うん、そうだな」  霧咲は少し上の空で返事をした。 「ちょっと、適当に答えないでくださいよ」 「もぉ、まこおじさん次ジェットコースター乗るのに飛ばされないでよぉ!?」  交互に文句を言ってくる二人に苦笑して、霧咲は早歩きをして二人に追いつき、亜衣乃の右手をギュッと握った。 * 「アキちゃん、ジェットコースター苦手なら言ったら良かったのに」 「い、いや……苦手じゃなかったはずなんだけど、結構怖かった……スリリングで」 「泣き叫んでる君の写真がばっちり撮れてるよ、見に行こう」  ここの遊園地は、ジェットコースターで一番盛り上がるところを撮影してくれているらしい。 「な、泣いてませんよ!」 「そうかい?泣き虫な君が珍しいね」 「アキちゃん、泣くほど怖いんだったら亜衣乃にちゃんと言わないとダメだよ~」 「ハハ……うん、そだね……」  榛名は霧咲をギロリと睨んだが、霧咲はそっぽを向いて口笛を吹いて誤魔化していた。そのあからさまな誤魔化し方に、少し世代の違いを感じた榛名だった。

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