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第130話 二宮と堂島、家呑みをする

 そして、週末が来た。思い切り飲んでも許される、土曜日の夜だ。 「やっぱ二宮先輩、せこいっす……」  二宮の後ろからブツブツと文句を言いながら歩いて付いてくるのは、堂島だ。二人とも白いビニール袋を手に持っている。 「はぁ?何でだよ」 「だって俺の奢りっつっても家呑みって!!しかも酒とツマミはコンビニ購入だし!せめて二軒目とかにしましょうよ家はぁ~!」 「やかましい、文句言うな。家呑みだって立派な奢りだろうが。会計は俺だし」 「そうですけどぉー」  大体二宮は、堂島があまり人に聞かれたくない話をすると思ってわざわざ場所を家に設定したのだから感謝こそされど、文句を言われる筋合いなど無かった。店より家の方が寛げるし、眠くなったらすぐに寝れるからいいと思ったのだが。 「先輩、初対面の女の子と飲むときは絶対家呑みとかやっちゃだめですよ~?警戒されますからね。というかそれでホイホイ付いてく女とか嫌っすけど。逆にこっちが食われちまう……いや、ただヤリたいだけなら好都合っすけど」 「何の話だよ。大体お前は初対面じゃねぇし、女じゃねぇし」 「だーかーらーたとえですって!」  たとえなのは分かっている。ただ、そんな下世話な話題に乗りたくなかったのでわざと分からないフリをしたのだ。  堂島は分かってるのか分かってないのか、すぐに話題を変えた。 「でも二宮先輩の家、初めて行くから楽しみっす。他のMEの家にも行ったことないっすけど。職場の人の家行くってなんか緊張しますね!」 「ホントに緊張してんのか、お前」 「へへっ」  態度は出会った時と変わらずウザいが、どこか憎めない。こういうところが高齢や中年の患者にウケてるんだろうなと思い、二宮は天真爛漫な堂島のことが少しだけ羨ましいと思った。  本当に、ホンの少しだけ。  二宮の家は5階建てマンションの2階だ。部屋の広さは6畳1K、すこし狭いが一人暮らしだし特に不便を感じたことは無い。彼女も暫くいなかったし、友人とは外で会うことが殆どなので来客はかなり久しぶりだった。 「お邪魔しまーっす」 「どーぞ」  堂島は調子よく上り込むなり、キョロキョロと部屋中を見回した。別に見られたり探されて困るものは置いていない。 「クッション敷いて適当に座れよ」 「はーい!……あれ?二宮先輩ってギターとか弾くんですか?」  堂島が目を付けたのは、部屋の隅に置かれた既にインテリアの一部となってるエレキベースだった。 「ん?ああ。ギターじゃなくてベースだけどな。大学の時友達とチョコっとやってて」 「へ~!かっこいいっすね。二宮先輩って本当女の子にモテる要素満載なのに、持ち腐れてますよね」 「うるせえよ」  別にバンドも女にモテたくて始めたわけではない。ベーシストを探していた友達に死ぬほど頼み込まれて、仕方なく始めたのだ。わざわざバイトをして、友達に勧められたベースを言われたままに買って……。  そんな感じで流されただけなのだが、楽器を弾くのはなかなかに楽しくて、寡黙な自分に合ってる気がした。他のメンバーは全員同じ大学の医療学科だったので、特にプロを目指していたわけではなく趣味の範囲で楽しんだ。クルマの趣味も同時進行で。  木製のローテーブルの上に買ったつまみを全部出し、二人は乾杯をして酒盛りを始めた。とりあえず、最初は二人ともビール。二宮はその後は焼酎に切り替える予定だが、堂島はビール党らしくビールを沢山カゴに入れていた。 「ほ~んと女って見る目ないんすねぇ、二宮先輩みたいな優良物件振るなんて」 「俺の見る目も無いんだろ」 「はは、ちょっとそれ言えてるかも」 「失礼だぞおまえ」 「先輩が自分で言ったんじゃないっすかー」  仕事の時とはほんの少し違って、堂島は軽口に拍車が掛かっている。二宮も酒が入って、普段よりもだいぶ砕けた口調になってきていた。 「じゃ、二宮先輩の好みってどんな女なんスか?胸派?尻派?」 「好みなぁ……別にどっちも主張してない方がいい。嫁にするなら慎ましいのが一番だろ。んー、黙って俺のあとを付いてきてくれるような」 「出た、先輩の隠れ九州男児根性」 「なんだそれ、別に隠してねぇし。あー、しいて言えば榛名さんを女にしたような感じかな。大和撫子っぽいし、嫁にするには最高だと思う」  榛名の名前を出した途端、堂島の反応が少し変わった。面食らった顔をして、ビールを持つ手が一瞬震えたのを二宮は見逃さなかった。 「榛名くん……ッスか?」 「ああ。……つーかお前、前から気になってたけどいい加減仕事で榛名くん呼びやめろよ。職種が違うとはいえ、榛名さんはもう看護主任なんだからさ」 「だって、同じ年に病院入った同期だし」 「普段はそう呼べばいいよ、仕事の時は割り切れっつってんだ」 「わかったッス……」  別にそんなに厳しく注意したわけではないのに、堂島はションボリした顔をした。でも二宮は言い過ぎた、などと謝る気はない。  ずっと気になっていたし、技師長が注意しないのなら先輩の自分が注意するしかない、と思っていたのだ。こんなタイミングで言わなくてもよかったかな、とも思ったが。  けれど堂島は怒られたことではなく、別の意味でショックを受けているようだった。 (……なんなんだ?)  二宮が不思議に思って話しかけようとしたら、堂島から口を開いた。 「二宮先輩は、もしも榛名くんが女なら頑張ってモノにしようと思いますか?」 「え?まあ、嫁にしたいタイプだしそこそこ頑張るかな……いや、すっげぇ頑張るわ。ライバルがどんなに怖そうな奴でも……」  ライバルというのは勿論霧咲のことだ。もしも榛名が女だったとして、付き合ってるのが霧咲だとしたら。……奪い取るのは困難すぎるだろうが、同じ職場ならあわよくばという思いもある。 (……いや、やっぱり無理か。相手が悪すぎる)  霧咲の、榛名以外のスタッフに向ける貼りつけたような笑顔を思い出すと、少し背筋がゾッとした。

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