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第131話 二宮、堂島の懺悔を聞く

 堂島はぽつりぽつりと続けた。今堂島が呑んでるビールは3缶目で、もうだいぶ酔いが回ってきているようだ。 「俺、榛名君が女だったら全然対象外っす、胸も尻もなさそうだし物分り良すぎて退屈そうな女だなって思うし」 「お前、ガキだなぁ」  堂島の言い分に、二宮は少し呆れた。結婚相手を探すということはまだ全然考えていないらしい。自分も真剣に考えているわけではないけども。あくまで、嫁にするなら榛名のようなタイプがいいというだけの与太話だ。なのに、堂島の様子は少しおかしい。 「全然、好みじゃねぇのに……榛名くんなんか」 「堂島?」  二宮の知っているMEの堂島はやたらと榛名に構いにいく。そのせいで多少うざがられているというか、少し嫌われているんじゃないかとすら思っているのだが、何故急にこんなことを言いだすのだろう。 「二宮先輩、俺の懺悔を聞いてください……」 「あ?」  二宮が返事をする前に、堂島は勝手にべらべらと話していった。 「俺、霧咲先生の歓迎会の時、トイレで榛名くんのこと襲っちゃったんス……介抱してあげるつもりで近づいて、個室ん中押し込んで鍵しめて」 「え、ちょっと待てお前、何してんの?」 「だから聞いてくださいよぉ!反省してるんッスから……あ、襲ったって言っても抱きしめただけっすよ?すぐ霧咲先生がヒーローみたいに助けに来たし……榛名くんゲロ臭かったからキスもしてねぇし……」 「お前……最低だな」 「分かってますよぉ!」  酔っているとはいえ、なんというカミングアウトをかましてくれるのだ。しかし、あの時榛名がトイレに行ったあと戻って来なかった理由と、堂島がそのまま帰ってしまった理由が大体分かった。霧咲が様子を見に行ったあと、なかなか帰ってこなかった理由も。 「なんで俺、あんなことしちゃったんだろ。榛名くんなんて全然好みじゃねぇのに、っつか男だしさ、霧咲先生とデキてるってことも知ってたのに、なんでだろ、なんかイジメたくなっちゃって……」  自分はそのことは榛名から直接聞いていた。(ちょっとした事故だったが)  クリスマス前、霧咲が結婚しているという榛名の勘違いで2人は拗れに拗れたが、今は誤解も解けて仲良くしているということも正月明けにわざわざ報告してもらっている。  堂島も知っていたのか、いや、そんな現場に居たのなら知ってて当たり前なのか。しかし、いつから知っていたのだろう。  同僚で看護師の若葉(わかば)富永(とみなが)が二人を見てお似合いだのなんだのとキャーキャー騒いでいたことは知っていたが、まさか本当に付き合っているとは二宮は思っていなかったのだ。 「興味もねぇのに男同士のヤリ方とかネットで調べたら、すげー気持ち良くてもう女なんてどうでもよくなるとか書いてあったんす、で、榛名くんとならヤレそーだなとか思って」 「お前本当に最低だなぁ」  堂島がどこまで本気なのかは分からないが、二宮はシミジミとしながら言った。 「ええ、ええ、俺は最低なんですよ!もっと罵ってください、二宮せんぱい……透析室で俺に真剣に怒ってくれるのって二宮先輩だけじゃないっすか……富永さんはたまにチクチク酷いこと言いますけどぉ、有坂ちゃんと一緒になって……」 「ドМかよ。それにあの二人は榛名さんが大好きだからな」  というか、透析室で榛名を嫌っているスタッフなどいない。知識もあるし、技術もあるし、世話好きで少し厳しいところが逆に患者に評判で、まだ若くて更に男なのに女性中心の職場で主任という大役を文句ひとつ言わずに務め上げている。  榛名は二宮よりも三つ年下だが、その徹底して真面目な仕事ぶりは尊敬しているのだ。霧咲の歓迎会より前は、仕事以外で話したことはあまりなかったけれど。思い切って話しかけて良かった、と思っている。  そんな榛名が、霧咲のことに関しては自分を見失ったようになる。榛名が霧咲の勤めるK大に行って帰ってきた時、抜け殻のようになっていた榛名を自宅まで送っていったのは二宮だ。 次の日も仕事を休んでいたから、何事かと思って様子を見に行って……  あんなに泣いて暴れる激しい気性が榛名にあったなんて、想像もしなかった。そして榛名をここまで変えた霧咲が羨ましくもあり、何故か同時に憎くなった。  あの時びしょ濡れの榛名を抱きしめてキスの一つでもしていたら、もしかすると今頃自分達は付き合っていたのだろうか。  傷心の榛名に付け込んで――…… (いやいや、榛名さんは男だぞ)  そう思って、自分にブレーキを掛けた。自分は女が好きだから、と自分に言い聞かせるように口に出して。  その判断は間違ってはいなかったと後になって思う。霧咲のことはただの誤解だったのだし、もし手を出してれば今頃自分は霧咲に東京湾の底に沈められていたかもしれない……なんてことを想像してしまった。  先日海へ行ったばかりだからか、余計に。 「あ~もう、二宮先輩聞いてます!?俺は榛名くんのことなんか好きじゃないのに、なんかいつの間にか失恋したみたいになってんすよ!自分でもそんな風に思えるし、マジ意味不明っす!」 「だから失恋したんだろ、榛名さんに」 「してませんって!大体好きじゃねぇし!」 「でも好きだから襲ったんだろ。じゃなきゃお前、今そんなにキレてる理由が思いつかねーよ」 「うう~!!」  酔っているせいというのも勿論あるのだが。こんな態度では、好きじゃないなんて言い張る方がおかしいと二宮は思う。堂島は無意識に榛名のことを好きになっていて、そして綺麗に失恋したのだ。  そして堂島は、何やら自分のバッグを急にごそごそし始めた。何かを取り出そうとしているらしい。 「あったあった、二宮先輩、これ飲んでください!」 「あ?」  堂島がバッグから取り出したのは、洋酒――ウイスキーの瓶だった。それを見て二宮は、眉間に皺を寄せて『ゲッ』と声を出した。 「前に友達が部屋に置いてったんスよ~、でも俺ウイスキーとか飲めねぇし。だから今日先輩に飲んでもらおーと思って持ってきました!その友達とはケンカしたから飲むことも無くなったんスよね~!」 「……俺はウイスキーは飲めねぇぞ」  実はウイスキーには、とある嫌な思い出がある。思い出というか、自分は全く覚えていないのだけど。 「ええ?二宮先輩めっちゃ酒強いじゃないっすかぁ、こんくらいなんともないですよ!」 「いや、苦手なんだよ」 「だって先輩あんまり酔ってないっすもん!もっと酔ってもらわないと俺がつまんないんスよ!もっと先輩のぶっちゃけたトークが聞きたいし、酔っぱらった先輩を見たいんですよぉ~!」  確かに先程から焼酎をロックで呑み続けてはいるが、二宮はまだあまり酔ってない。堂島の懺悔という名の告白、カミングアウトが衝撃的だったこともあるのだが、確かにこのペースだと二宮が酔っぱらう頃には堂島は潰れているだろう。

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