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第132話 二宮、豹変する

「でもな堂島、俺ウイスキー飲んだらまじで記憶トぶぞ。学生ん時に飲んで、友達にお前はもう一生ウイスキーは飲むなって口酸っぱくして言われたんだよ。どんな迷惑かけたのか全然覚えてねぇし、何やらかしたのか誰も教えてくれなかったし」 「何それ!?めっちゃ気になるじゃないっすかそんなの!」  恐がるどころか、嬉々とした顔でウイスキーを持って詰め寄ってくる堂島。確かに、何をやらかしたのかずっと気になってはいるが、本当に誰も教えてくれなかったのだ。 「ゲロ吐くくらいじゃなかったんすか?あ。もしくはキス魔になるとか?」 「後者はねぇよ……多分。なったとしてもお前にはしねー」 「うわ、ひっで!あ、二宮先輩グラス貸してください!俺作りますよ~」  堂島は、二宮の焼酎が空になったグラスを奪いとると、氷を入れてウイスキーをなみなみと注いだ。こうなったらもう、観念して呑むしかないのか。  でも自宅だし、一緒に飲んでいるのは後輩だ。何かやらかしたとしても、二宮にウイスキーを勧めたのも持ってきたのも堂島本人だ。 (まあ、いっか。あの時よりも酒強くなったのは事実だし) 「へへへ…二宮先輩にそんな一面があるなんて、職場の人誰も知らないッスよ!俺が初めての目撃者になるとかなんか胸熱ッスね!ビデオカメラでも持ってくりゃよかったかな……あまりにも先輩がアレな感じに豹変したら今後ネタにできますしねぇ」 「お前、覚えてろよ……」 「ええ、忘れませんよ!はい、じゃあどうぞ先輩っ」  ウイスキーの入ったグラスを受け取る。一体自分は大学の時にこれを飲んで、何をやらかしたんだろう。そういえばあのあと、少しよそよそしくなった友達がいなかったか。  別に最初から特別に仲良くしていたわけじゃないから対して気にはしなかったけれど。  もっと、気にするべきだったのかもしれない。  しかし、今となってはもう遅い。  二宮はその琥珀色の飲み物の香りを少し楽しんで、クイッと喉に流し入れた。 「どうっすか?二宮先輩。10何年ぶりのウイスキーの味はー?」  テレビの街角インタビューのように、堂島はマイクを持ってるような仕草で二宮に質問した。 「ん……結構普通に呑める。辛くてウマいな」 「うわ、つっまんねー!二宮先輩、反応普通すぎっしょ。あーあ、期待して損した」 「お前も飲めば?結構高そうな酒だし」 「俺はいいっすよ。焼酎もウイスキーもどこが美味しいんだかさっぱりわかんねーし。ワインと日本酒だったらまだそこそこイケますけどぉ、でもやっぱビールが最高っしょ」  そう言って、堂島は新たなビールのプルタブを開けようとした。  すると。 「……え?」  ビールを持った腕を、二宮に掴まれていた。驚いてその顔を見るが、別にさっきとなんら変わっていない。けど、なんだか少し目が据わっているような気がした。 「二宮…せんぱい?」 「お前さぁ、ホントに榛名さんのこと犯そうとしたのか?っつか、男同士のセックスとかいつどこで勉強したんだよ」 「え……そりゃネットっすけど」 「どこのインターネットだ?」 「ええ?」  なるほど。二宮はウイスキーを飲むと絡み酒になるらしい。泣き上戸になるだとか笑い上戸になるのを期待していたのに、一番ウザいパターンだった。  堂島はガッカリしながらも、逆らったらなんだか恐そうだと思って渋々スマホで自分が見たサイトを検索し、二宮に見せた。 「ほら、こんな動画とかもあったりして」 「ん?」 『アッ!アッ!もぉイクッ、そこだめ、あ…!』  動画は局部にモザイクが掛かっているが、まぎれもなく男同士。バックの体勢で、獣のように絡み合っていた。グチュグチュ、パンパンといった音がやけに編集で強調されている。  そして突っ込まれている方の男の声と髪型がなんとなく榛名に少し似ていて、これを見て堂島は榛名が相手だったらヤれるかもしれない、と思ったのだ。  ちなみに榛名とヤれるかもしれないというのは、榛名がヤらせてくれるのではなく、自分が男を抱けるかという自己中な認識だ。  二宮は、食い入るようにその動画を見ている。なんだか少しあやしい雰囲気だが、堂島は何でもないように先ほどのビールを開けて、二宮の横でくいっと飲んだ。 「なんか、すげぇ気持ちよさそうな顔してんな。掘られてる方」 「なんかのインタビューで、掘る方も女なんか目じゃないって言ってましたよ。すっげぇ締まるから。で、やっぱり掘られてる方もすっげぇ気持ちいいんですって。ほら、男には前立腺ってあるじゃないっすか」  二宮は、なおも動画から目を離さない。堂島は饒舌に説明しながらも、やっぱり見せなきゃよかった、と少し後悔し始めていた。 「こんな簡単に入るモンなのか?ケツに。チンコって」 「女相手にそんなアブノーマルなプレイしたことないからわかんねえっすよ……ブチ殺されそうじゃないっすか。つうかそのままじゃ入るわけないっしょ。ローション使うんすよ、潤滑油的な?」 「お前、詳しいな」 「だから調べたって言ったじゃないっすか」  ああ、ウイスキーなんか飲ませなきゃよかった。絡み酒の相手はめんどくさいし、大体堂島は人の話を聞くより自分の方が喋りたいのだ。  この寡黙な先輩はなんだかんだ言いつつも堂島に好きに喋らせてくれるし、甘やかしてくれるので一緒にいてとても気が楽なのだが。 「それで、榛名さんを手籠めにしようとしたって?」 「いや、勿論無理矢理ってわけじゃないっすけど……榛名くん雰囲気にすぐに流されそうだし、それにすっげぇ気持ちよくさせたら最終的には許してもらえるかなって」 「ふーん」  なんだ。 一体なんなんだ。  二宮の目はますます据わってきている。そして、もう一回ウイスキーをグイッと豪快に流し込んだ。 「ちょ、二宮先輩!もうそれ飲まないでくださいよ!」 「おい堂島、ベッド上がれ」 「はい?」 「聞こえなかったか?ベッド上がれって」 「は、はいぃ?」  なんだか、とてつもなく嫌な予感がする。しかし到底逆らえそうもない雰囲気だったので、堂島はしぶしぶ自分たちの真横にある二宮のベッドへと上がった。

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