146 / 229

第146話 榛名、職務質問される

 榛名と亜衣乃は、手を繋いでその場を離れた。ホテルの名前とホテルのある最寄駅は霧咲から聞いていたので、あとは電車かバスに乗ってその駅に行き、タクシーを捕まえればいい。  榛名は方向音痴だが、それくらいならスムーズに出来るだろうと思っているのだった。早速亜衣乃にガイドブックを借り、地図のページを広げた。 「さて、どうやって向かおうかな……まずはバスに乗って箱根湯本駅に戻った方が確実かな。それで、電車で宮ノ下温泉に行って……」 「ねえアキちゃん、亜衣乃少し喉が乾いちゃったんだけど」  やや遠慮がちな態度で、亜衣乃が榛名に言った。榛名はパッとガイドブックから目を離し、亜衣乃の要望を聞いた。 「あ、さっき甘酒しか飲んでなかったもんね。俺も沢山大声出して少し喉が渇いたな……先にお茶買おうか」 「うんっ」  近くに自販機を見つけたので、榛名は温かいお茶を二本買うと亜衣乃に一本手渡した。 「あったかいねー」 「ねえ」  亜衣乃が笑って言い、榛名も微笑み返す。そして、霧咲もきっと今頃喉が渇いてるだろうな、と思った。あの女性は痙攣は一時収まって心臓も動き出していたが、また救急車の中で急変しないとも限らない。そうなると、医者である霧咲の拘束時間はますます長くなるだろう。  人助けは医者の使命とはいえ、せっかく本来の仕事は振り切ってきたのにな……と、少し残念な気持ちになった。  すると。 「あのーお兄さんすいません。ちょっとお話いいですか?」 「え?」  いきなり誰かに声を掛けられて、榛名が後ろを向くとそこには制服姿の警官が二人立っていた。 「?……なんでしょうか」 「いやーいきなり声かけてすみませんね。ちょっと2、3個質問いいですか?」 「はい?」 (警察が、俺に何の用だろう?もしかして近くで事件でも起こったのかな……)  毎日を至極真面目に生きてる榛名にとって、警官に話しかけられる理由などはそんなことくらいしか浮かばない。まさかこれが人生初の職務質問だとは、欠片も思いもしなかった。 「この近くで事件でもあったんですか?」 「いや、何もないですよ」 「?そうですか」  では何故、自分が声を掛けられたのだろう。榛名は顔いっぱいに疑問符を浮かべながら、二人の警官を見つめた。  一人は自分よりも年上で、霧咲よりも若いだろうか。もう一人榛名に声を掛けた方は、まだ20代前半のようだ。亜衣乃も訝しげな顔をして、警官を見ている。 「えーっと、じゃあ名前と歳と職業と……身分証明書みたいなもの、あったら見せてくれます?」 「えっ!?」 「いや、もちろん任意なんですけどね。でも言うとおりにしていただいた方が早く終わるかなーって思いますよ」  なんだろう、これは。 「榛名暁哉、29歳、看護師です。免許証……で、いいですか?」  キャッチや詐欺に声を掛けられるのは慣れているが、相手は警官だからそれも違う。まさかこれは、噂に聞く…… 「へえ、お兄さん29なんだ。全然見えませんね。それで、その連れている女の子とは一体どういう関係ですか?」 「え?」 「いや~、親子にも兄妹にも見えないので少し気になりまして。あ、別に誘拐とかを疑ってるわけじゃないですよ?ただこのご時世、何があってもおかしくないっていうか、連れ去り事件とかあるじゃないですか。大変なんですよ~こっちも」 「……!!」  職務質問、というやつだった。 * 「どういう関係って……その、友人の子っていうか」  亜衣乃はまだ霧咲の養子にはなっていない。勿論、榛名自身もまだだ。二人が養子縁組をすれば、亜衣乃と榛名は霧咲の子供ということで、兄妹という関係になるが、今は赤の他人だ。  いくら榛名が亜衣乃を可愛がっていても。  いくら亜衣乃が榛名に懐いていても――だ。 (まさか、誘拐犯と思われているなんてショックだ……) 「友人の子?じゃあ、その友人は今どこにいるんですか?」 「子っていうか、姪なんですけど……その、友人は今病院に行ってます、急病人の付き添いで……あ、友人は医者なので、それで同乗を頼まれまして……」  職務質問などという初めての経験で、受け答えがしどろもどろになってしまう。病院で、看護師として質問されているならば、こういう風には絶対にならないのに。  今はただ亜衣乃との関係をどう証明しようか、それだけを考えてテンパってしまっているのだ。当然、警察も榛名の態度にますます疑り深い目を向けてきた。 「ふぅ~ん。でも普通、友人が他人の貴方に姪っ子を預けて救急車に乗って行きますかねぇ?むしろ貴方の方が乗って行っても良かったんじゃないですか?看護師なんですし」 「で。でも患者は一旦呼吸停止してましたし、医者がいるのに乗らないってことはあまりないと思いますけど……」 「そんなもんですか。で、今からどこに行こうとしてたんです?」 「その、ホテルに」 「ホテルぅ!?」  言ったあとで『あっ』と思った。適当にミュージアムでも行って時間を潰すと言えば良かったのに、馬鹿正直に答えてしまうなんて。 「今夜泊まる予定のホテルですよ!?予約もちゃんとしてますし!何もやましいことなんかありませんから!」 「まだ何も言ってないんですけど。焦り方がますますアヤシイなぁ、ちょっと署まで来て詳しくお話聞かせてもらえます?」 「そんな!」  楽しい旅行のはずだったのに、こんなことになってしまうなんて。後で霧咲になんて報告すればいいのだろう。 「さぁお嬢ちゃん、君も一緒においで」 「何で一緒に行かないといけないの?」 「え?」  さっきからずっと黙っていた亜衣乃は、不機嫌そのものの声でそう言った。榛名は、亜衣乃のそんな声は初めて――いや、初対面の時にも聞いた覚えがあるが。 「さっきから黙って聞いてれば失礼なことばっかり言って!アキちゃんが私を誘拐ですって!?ふざけないでよ!!ろくに確認もしないで決めつけて、それでもおじさん達警察官なの!?信じらんない!!」 「お、おじさん!?」 「あ、亜衣乃ちゃん!?落ち着いて」  榛名は、自分よりも若いであろう警官に、反応すべきはそこじゃないだろうと思いながらも亜衣乃を諌めようとした。しかし亜衣乃の口撃は止まらない。 「亜衣乃は落ち着いてるよ!ていうかアキちゃんは最初っから事実しか言ってないのに、このおじさんはさっきからあやしいあやしいって、なんなの!?まこおじさんはアキちゃんを信用してるから亜衣乃をアキちゃんに任せたんじゃない!いまさらそんなこと確認する間柄でもないし!アキちゃんこそ、もっと怒らないとダメだよ!!」 「そ、そうだけど……」  榛名はそれよりもまず、どうしたら警察に誘拐犯じゃないと信じてもらえるのかということで頭がいっぱいで、怒るという感情を失念していたのだが。  警察は二人でぼそぼそとどうしようかと話し合っていたが、やはり榛名を見つめる目つきから幼女誘拐の疑いは晴れていないようだった。

ともだちにシェアしよう!