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第147話 榛名、亜衣乃に説教する
すると。
「あ、あの!」
いきなり、知らない女性二人組が榛名と警官の間に入って話しかけてきた。その二人は遊覧船とロープウェイの中で榛名と霧咲を生温い目で見つめていた二人組だった。写真も撮ってもらっていたので、榛名はハッとした顔で思い出す。
「はい?」
「その人、その女の子ともう一人の保護者の方とずっと一緒でしたよ?私達、観光中に何度かお見かけしましたから!写真も撮ってますし」
そう言って、一人が榛名をチラっと見た。その視線を受けて、榛名は「そういえば」とデジカメとスマホを出して、彼女らに撮ってもらった霧咲とのスリーショット写真を警察へと見せた。
「いや、保護者の写真を見せられてもねぇ……この保護者さんがいない以上、この人がこの女の子に今からホテルで何をするか分かんないでしょう。何かあってからじゃ遅いんですよ?」
「え!?この写真を見て保護者さんとこの人の関係に気付かないんですか!?」
「ウソでしょー!?マジありえないから!」
「……はい?」
女性二人は榛名と霧咲が恋人同士だという事実にとっくに気付いていたため、警察官の反応(ごく一般的な反応なのだが)に信じられない、という視線を向けていた。
榛名は霧咲と恋人同士だと彼女らにバレていた恥ずかしさと、彼女らに嫉妬していたことを思い出して顔をカーッと赤くして俯いた。
「そうよ、アキちゃんはまこおじさんの恋人なの!だから姪の亜衣乃に何かしようなんて思う変態じゃないんだから!そんな風に勘繰る警察のおじさんの方がよっぽど変態なんじゃないの!?」
「へ、変態!?」
「こら亜衣乃ちゃん、言い過ぎっ!」
「むぐっ!」
警察に向かってとんでもない暴言を吐きだした亜衣乃の口を、榛名は後ろからむぎゅっと押さえつけた。
「すみません、すみません!」
小学生の暴言で逮捕されるわけもないのだが、榛名は自分が失礼千万なことを言われたのにも関わらずぺこぺこと警察に頭を下げた。すると、ずっとメモに記録を書いていた先輩の方の警察官が静かに言った。
「……まあ、事情は分かりました。でも一応宿泊先のホテルの名前だけ教えて貰ってもいいですか。部下が失礼なことばかり言ってすみません。ですが私達も、疑うことが仕事ですので」
「あ、えっと、〇〇ホテルです……」
「分かりました。では、もういいですよ」
「は、はいっ」
そして、二時間ほど過ぎたような気がしたのだが――約15分程度の職務質問は終わったのだった。
「うー!」
「あ、亜衣乃ちゃんごめん!」
榛名はずっと亜衣乃の口を抑えていたことを思い出して、ぱっと手を離した。すると亜衣乃は我慢していたのか、口が自由になった途端にマシンガンの如く喋りだした。
「ぷはっ!あああーもう!アキちゃんてば人良すぎ!!誰が少女誘拐の変態よ、ほんとに失礼しちゃう!!絶対絶対あの警察、今夜まこおじさんに言いつけてやるんだから!!腎臓の一個や二個、手術で持ってかれちゃえばいいんだわ!!」
「いや、亜衣乃ちゃんちょっと待って」
榛名は変態とまでは言われていないし、そもそもそう言ったのは亜衣乃だ。そして霧咲が腎臓外科医だと言ってもそんなことをしたら犯罪だしそもそもしないのだが、亜衣乃はどうやらおかしな勘違いをしているらしい。
以前に霧咲自身がからかって吹き込んだのかもしれないが。(それでも幼い子供になんてことを吹き込むんだろう、と思った)
亜衣乃の興奮は収まらず、周りにもなんの騒ぎだと立ち止まる観光客が増えてきた。
「どうしてアキちゃんはもっと怒らないの!?疑われたのはアキちゃんなんだよ!?あんな風に決めつけて悪者扱いして、絶対おかしい!!」
「いや、その」
「このお姉ちゃんたちが助けてくれなかったらいまごろ牢屋に入れられてたかもしれないんだよ!?そんなのほほんとしてる場合じゃないよ!!」
榛名はその場にしゃがんで、亜衣乃と目線を合わせた。
「……亜衣乃ちゃん」
「何!?」
「ちょっとだけ声のボリューム落とそうか?他の人も聞いてるから……で、少し落ち着いて、俺の話も聞いてくれる?」
「……分かった」
すっかり冷静を取り戻した榛名に、亜衣乃の態度は急激にしぼんでいった。どうやら頭に上っていた血が榛名の落ち着いた態度によって下降してきたらしい。でも、まだ何か言いたそうな顔はしている。榛名はゆっくりと亜衣乃に言った。
「えっと……まず警察の人たちを悪く言うのはやめよう。あの人たちは自分で言ってた通り、疑うのがお仕事だから。俺ももっと怒っていいんだろうけど、世間的に見て俺くらいの年齢の男と亜衣乃ちゃんくらいの年齢の女の子が二人きりで居たら確かに怪しいと思うんだ。俺たちは親子でも兄妹でもないから、顔も似てないし」
「でも、だからって疑っていいわけないもん」
「そうだね、その通りだ。……けど、警察に変態とか言ったらダメだよ。警察じゃなくても、大人相手にそんな暴言吐いたらダメだよ」
「どうして?悪いのはあっちじゃない!」
「今回は相手が警察だったし、俺も居たから何も無かったけど、もしかしたら相手が逆上して殴りかかってきたかもしれないんだよ?抵抗できない子ども相手に本気で怒って手を出してくる大人もいるんだからね」
「出したければ出せばいいわ。どうせ捕まるのは大人なんだから!」
そう言って、亜衣乃は榛名からプイっと目を逸らした。
「……亜衣乃ちゃん」
「!?」
榛名は亜衣乃の顔を両手で挟んで、無理矢理自分の方へと向けた。それは少々、強引な仕草で。榛名から初めてそんなことをされた亜衣乃は、大きな目を丸くして榛名を見つめ返した。
「それで大怪我でもしたら……誠人さんや俺がどれだけ心配すると思ってるの」
「………」
「確かに頭から決めつけたりとか、手を出す方が悪いに決まってる。でも君はまだ非力な子供だし、何より女の子なんだよ。差別するわけじゃないけど……理不尽な力の前では絶対的に弱い立場だ。わざわざ自分から自分の身を危険に晒す真似をしたら絶対にダメだよ」
亜衣乃は以前にも、蓉子から榛名をかばって怪我をしたことがある。あの時の傷は、前髪をめくればまだくっきりと残ったままだ。
榛名はもう二度と亜衣乃にあんな真似をさせたくは無かった。心も身体も傷付けたくない。だから、分かって欲しくて少し低めの声で厳しい表情をしてそう言ったのだ。
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