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第148話 榛名と亜衣乃、親切にされる

 亜衣乃は表情を歪め、泣きそうな声で「亜衣乃は、余計なことをしたの?」と言った。 「亜衣乃ちゃん」 「亜衣乃は……大好きなアキちゃんがあんなふうに言われて我慢できなかったの。アキちゃんは他人だけど、他人じゃないもの!亜衣乃のママになってくれるって言ってくれたから……だから亜衣乃は、まこおじさんが居ないからこそアキちゃんを守ろうと思ったのに!」  下唇を噛み、必死で涙が出ないように耐えていたようだが結局涙は零れ落ちた。榛名はバッグの中からハンカチを取り出し、亜衣乃の目を軽く抑えてやりながら言った。 「余計だなんて……亜衣乃ちゃんの気持ちはすごく嬉しいよ。嬉しいけど……でも俺は、俺のせいで亜衣乃ちゃんが怪我したり悪く思われるのは絶対に嫌だよ」 「亜衣乃だって同じだもん!亜衣乃がいるせいでアキちゃんがいちいちあんな風に誰かに疑われるのは嫌なんだもん!我慢なんか、できない!」 「……っ」  そこまでキッパリと言われたら、もうどう伝えたらいいのか榛名には分からない。分からないが、きっと榛名の気持ちは亜衣乃にも伝わっただろうと信じたい。  榛名はとりあえず、慰めるようにギュッと亜衣乃を抱きしめた。 「亜衣乃ちゃんの気持ちは本当に嬉しいんだよ。だけど、自分を危険に晒すような真似はもう二度としないって約束してほしい……お願いだから。俺の心臓、幾つあっても足りない」 「………」 「……じゃあせめて、俺か誠人さんがいる時だけにして……お願い」  返事がないので、もう一度言った。すると、亜衣乃は観念したような声でぼそりを返事をした。 「……分かった」 「うん」  身体を離すと、亜衣乃はぐすっと一度洟をすすって顔を上げた。 「じゃあアキちゃんも、早くまこおじさんのお嫁さんになって?そしたら亜衣乃だって堂々とアキちゃんは亜衣乃のママなんだって言えるから」 「うん、分かった」  堂々とそう言われるのも少し困るのだが(それに籍を入れたら、榛名は亜衣乃の母じゃなくて兄になる)それでも榛名は亜衣乃の言葉が嬉しかったので、コクンと頷いたのだった。  そして亜衣乃が泣きやむまで待ち、再びバス停まで行こうとしたら。 「あ、あの……私達、良かったらホテルまでご一緒しましょうか?」  先ほどの女性二人が榛名にそう言ってきた。榛名はロクにお礼も言ってないことを思い出して、慌てて二人にも頭を下げた。 「先ほどは助けて頂いて有難うございました!すみません、お礼言うのが遅くなって!!」 「いえいえ、それは全然いいですよ!それより私達、さっきの救急車の騒ぎの時から実はずっと見てまして……何もお役に立てなくてすみませんでした」 「あなた、まだ小さいのにAEDとか持ってこれるなんてすごいね」  一人が、亜衣乃に感心したように話しかけた。亜衣乃は目と顔を赤くしたまま、「前にも一度まこおじさんと居た時に、こういう場面に遭遇したことがあるの」と少し照れくさそうに言った。それを聞いて、榛名も(だから結構冷静だったのか)と納得した。 「あの、それで……どうでしょうか。また警察に声を掛けられたらその子も嫌でしょうし」 「グループでいたら怪しまれることも無いですよ!」 「で、でも見ず知らずの方にそんなご迷惑をかけるわけには……」  正直凄く有難い話なのだが、だからと言って簡単に甘えるわけにはいかない。 「行くのは宮ノ下ですよね?私たちのホテルも近いですし、全然気にしないでください」 「そうですよ!いいもの見せてもらったお礼っていうか」 「いいもの?」 「あっいえ!何でもないです!!」  ぶんぶんと手を振られ、榛名はよく分からなくて苦笑した。 「アキちゃん、お姉ちゃん達に一緒にホテルまで行ってもらおうよー……亜衣乃、また警察にアキちゃんが捕まるの、やだ」 「つ、捕まってはいないんだけどね」  彼女らの言うとおり、また職務質問をされたら一番嫌なのは亜衣乃だろうと思った。なので、榛名は申し訳ないと思いながらも、「……じゃあ、よろしくお願いします」と、もう一度頭を下げたのだった。  バスとタクシーを乗り継いで、今夜泊まる予定のホテルにはあっさりと着くことができた。女性二人は何度か箱根に来たことがあるようで土地勘があり、移動も慣れているらしい。地図を見ないと右も左も分からない榛名には、それも有難かった。  榛名と亜衣乃は、彼女たちに深々と頭を下げた。 「本当に本当に、有難うございました!」 「ありがとうございました!」 「いいえ~!災難でしたけど、残りの旅行も楽しんでくださいね」 「箱根って何回来ても楽しいですから、また是非!」  女性二人はこれから自分達の宿泊先に向かうらしく、榛名はお礼も兼ねてタクシー代を多く手渡した。勿論遠慮されたのだが、ここは譲れないと思って押し切った。そして、タクシーが見えなくなるまで手を振りながら見送った。 「……いい人達だったね」 「うん。警察のおじさんにはムカついたけど、お姉ちゃんたちも倒れたおばあさんも優しかった。無事だといいんだけどな……」 「そうだね……」  少ししんみりしたところで、榛名の携帯が震えだした。 「!」 「まこおじさんから!?」 「うん!……もしもし?」 『もしもし、暁哉?』  さっきまで一緒に居たのに、声を聞いただけで榛名は心底ホッとした。 『もうホテルには着いた?』 「はい、今着いたところです。まだ中には入ってませんけど」 『そう。俺は今から病院を出るよ。タクシーで直接そっちに行くから着くのは30分後くらいかな。部屋で待っててくれても構わないよ』 「いえ、30分程度ならロビーで待ってます」  せっかく一緒に旅行に来たのだから、ホテルの部屋も一緒に入りたいと思ったのだ。すると亜衣乃が、榛名の服の裾を引っ張った。 「アキちゃん、電話代わって!」 「え?はい」 『亜衣乃、どうした』 「もぉ~っまこおじさん!あれから亜衣乃たちね、すっごく大変な目に遭ったんだからぁ!!詳しいことはあとで話すけど!」 『え、大変な目?なんだそれは、今すぐ聞かせなさい!』 「聞きたかったら急いで来てよね!じゃっ!」 『ちょっ、こら亜衣乃!もう一度暁哉に代わっ』  霧咲が言い終る前に、亜衣乃は勝手に通知をオフにした。 「………」 「切っちゃった!」  亜衣乃は、いたずらっ子のような顔で笑いながら榛名に携帯を手渡した。 「今、俺に代われって言われてなかった……?」 「言ってたけど、お話してるより早く来てくれた方がいいもの」 「まあ、そうだね……あ。また掛かってきた」 「アキちゃん、まだ言ったらダメだからね!」 「んー……」  榛名はどうしようかと迷ったが(ただ一言、職質されたと言えば察してくれるのだろうが)亜衣乃が直接話したそうだったので、今一度掛けてきた霧咲には申し訳なく思ったが、大したことはないと誤魔化したのだった。

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