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第149話 霧咲、合流する
泊まる予定のホテルは――ホテルというよりも、旅館と言った佇まいだった。あまり贅沢に慣れてない榛名にとっては、なかなか気軽には予約できない高級旅館だ。
中に入る際、榛名は気後れしてしまいその隙に亜衣乃が先にサクサクと中に入って行ったのだった。
「こんにちは。予約していた霧咲ですが……あと1人とはロビーで待ち合わせしますので、それからお部屋にご案内して頂けますか?」
「かしこまりました」
フロントで予約確認したあと、榛名と亜衣乃はロビーを少し散策することにした。高級そうな壺が置いてあったり、見事な花が活けてあったりと如何にも日本風の造りの室内は、外国人の客にも受けが良さそうだった。
一通りぐるりと歩いたあと、榛名と亜衣乃は横に並んでソファーに座った。目の前のガラスのテーブルには軽食のメニューが置いてあり、フロントで頼めるらしい。榛名は亜衣乃に何か食べるか聞いてみた。
「亜衣乃ちゃん、なにか飲む?」
「さっきのお茶がまだ残ってるからいい」
「そう、じゃあケーキとかは?」
「晩御飯が入らなくなっちゃうからいらない」
「それもそうだね」
もっともな理由を言われて、榛名は少し黙った。なんだか少し疲れた気がして、無意識につい軽くため息をついてしまった。すると、亜衣乃が榛名を呼んだ。
「アキちゃん」
「あ、なに?亜衣乃ちゃん」
「あの……さっきはごめんなさい。色々……」
「色々?」
榛名が驚いて亜衣乃の方を見ると、亜衣乃は自分の足元を見つめてなんだか悔しそうな、複雑な表情をしていた。
「アキちゃんにたくさん言い返しちゃったし……ダメって言われてもすぐにハイってお返事できなかったこととか……」
「ああ、別に気にしてないよ?」
榛名は本当に気にしていなかった。しかし亜衣乃の方はずっと気にしていたらしく、なんだか泣きそうな雰囲気になっている。
「あの……あのねアキちゃん。亜衣乃はアキちゃんが思ってるほどいい子じゃなくて、本当はすっごくワガママで生意気な悪い子なの。まこおじさんにもしょっちゅう叱られてるし」
知っている。……なんてことは言わないが、続きがありそうだったので榛名は黙っていた。
「でも、頑張って本物のいい子になるから!アキちゃん、亜衣乃のこと嫌わないで……」
「亜衣乃ちゃん俺ね、ワガママで生意気な女の子って好きだよ」
「えっ?」
黙って聞いていようと思ったが、つい遮るように言ってしまった。
「いや、すべての女の子がってわけじゃないけど。俺の前では一生懸命良い子でいてくれる亜衣乃ちゃんも、ワガママで生意気な亜衣乃ちゃんもどっちも好きだってこと。できたら、俺にももっとワガママ言って欲しいなって思ってるくらい」
「だって、そんなのアキちゃん嫌じゃないの?」
「嫌じゃないよ?むしろ嬉しい。それにもし言い過ぎたって、俺だって叱る時はちゃんと叱るから。遠慮しないでもっとワガママ言ってもいいんだよ」
「……アキちゃんに叱られるのはもうヤダなあ……」
「じゃ、誠人さんに叱ってもらおう」
「それもめんどくさい」
「嫌なんじゃなくて、面倒なんだ!?」
亜衣乃の言い方が可笑しくて、つい榛名は声に出して笑った。
「こら、誰に怒られるのが面倒臭いだって?」
聞き覚えのある声に榛名と亜衣乃が同時に振り向くと、そこには霧咲が立っていた。
「誠人さん!」
「まこおじさん!」
榛名と亜衣乃が同時に名前を叫ぶと、霧咲は意地悪そうにニヤリと笑って「待たせたね」と言った。
「いや、全然待ってないですよ。早いですね!?電話があってまだ20分しか経ってないですよ?」
「渋滞だとか信号のことを考えて、敢えて遅い時間で言ったんだよ。……君たちが気になることを言うから、タクシーの運転手に緊急事態だから急いでくれって急かしたのもあるけどね」
「えぇえ……」
あの急な山道を急がせたのかと思うと、榛名は少し運転手に同情した。
「そうそう、あのご婦人はなんとか持ち直したよ。発作性の心筋梗塞だったみたいだ」
「そうですか……」
「無事なの!?良かった!」
「暁哉と亜衣乃にもすごく感謝していたよ。俺たちのこと覚えてたって」
そう言われて、榛名と亜衣乃は顔を見合わせてはにかんだ。
「それで?大変な目にあったっていうのは」
「あ、それより先にお部屋に案内して貰いましょう。フロント係の人、チラチラこっち見てますから」
「亜衣乃も早くお部屋にいきたーい」
「……じゃあ、部屋でゆっくり聞くことにしようか」
2人からそう言われたら、この場で聞くのは諦めざるを得ない。霧咲は少し面白くなさそうな顔をしたが、榛名と亜衣乃の雰囲気が前よりも少し打ち解けたものに変わったことに気付いて、2人に気付かれないように密かに微笑んだのだった。
泊まる部屋への案内は、着物を着た年配の女性従業員がしてくれた。霧咲が予約した5階の部屋まではエレベーターで移動し、従業員の女性は『菊の間』と書かれた部屋の前で立ち止まった。女性従業員は「こちらのお部屋になります」と言って、横開きのドアをスッと開く。
「わあ!室内なのにお外みたいになってるー!」
「ホントだ」
ドアを開けたすぐ先の通路には白石が敷き詰められ、飛び石が数個並んであった。そしてその飛び石の向こうにはまた襖があり、その向こうが部屋になっているようだった。
「わーっ!お部屋ひろーい!!」
亜衣乃は我先にと部屋の中に進んでいき、早くも部屋の中を物色し始めた。榛名と霧咲は従業員の後に続き、ゆっくりと部屋の奥に進んでいく。
「食事の用意は6時からいたします。当宿には大浴場と家族風呂が数か所ありまして、家族風呂の鍵は一度フロントに来て頂いて……」
従業員は食事の時間と温泉の入り方を大人二名に説明すると、部屋を後にした。榛名は荷物を部屋の隅に置くと、一度ふうっと息を吐いてから霧咲に話しかけた。
「……すごい豪華な部屋ですね。かなり高かったんじゃないですか?ここ」
部屋はとても広く、畳のスペースとフローリングのスペースが御簾で分けられていた。フローリングのスペースにはこじんまりとした掘り炬燵が設置されており、夜は大人だけで晩酌を楽しめそうな雰囲気だ。窓は丸く切り取られ、障子が嵌まっている。
「んー、まあそこそこかな?初めての旅行だし、大体これは君への誕生日プレゼントなんだからね。少しは奮発しないと」
「奮発しすぎですよ」
「そうかな?」
一体、一人一泊何万円なのだろうか。とりあえず、プレゼントということなので榛名は聞かないでおいた。
「ねえねえアキちゃん!このお部屋露天風呂までついてるよー!」
「露天風呂!?わあ、明日の朝までに何回入ろうかな」
「好きなだけ入るといいよ」
露天風呂に興奮している亜衣乃と榛名の様子に、霧咲は満足げにくすくすと笑った。
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