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第150話 霧咲、再びありがちなセリフを言いたがる
座卓には和菓子が用意されていたので、とりあえず榛名は三人分のお茶を淹れた。そして、いまだ部屋中をウロウロ探索している亜衣乃を呼ぶ。
「亜衣乃ちゃん、お茶淹れたからちょっとおやつ食べよ~」
「はーい!」
夕食まではまだ時間はたっぷりある上、少し小腹がすいていたので和菓子は丁度良かった。榛名の隣に亜衣乃が座り、霧咲と向き合ってお茶をゆっくりと飲む。落ち着いたところで、早速霧咲は例のことについて切りだしてきた。
「……で、大変な目に遭ったってのは何?いい加減俺に教えてくれないかな」
「そうそう!あのねまこおじさん、アキちゃん私と二人になった途端、警察に誘拐犯って間違われちゃったんだよー!ひどいと思わない!?」
「……は?暁哉が誘拐犯?」
どういうことだと言わんばかりに、霧咲は榛名の方を見た。榛名は苦笑しながら霧咲の疑問に答える。
「いわゆる職務質問ってやつを受けたんです。なんか、不自然だったみたいで」
「何が?」
「俺と亜衣乃ちゃんは親子にも兄妹にも見えないし、手も繋いでたから……ですかね」
「アキちゃん、幼女趣味の変態と思われたのよね!」
「言われてないけどね……」
変態と言ったのは亜衣乃が警察に、なのだが。いつの間にか榛名が警察から変態と言われたような口ぶりだ。
「それで、どうやって警察に誤解を解いたんだ?」
「え!?……えっと……その、ですね……」
「?」
突然榛名の口が重くなったので(何故か顔まで赤くしている)霧咲は眉間に皺を寄せた。榛名がなかなか答えようとしないので、見かねた亜衣乃が説明する。
「船とロープウェイの中にいたお姉ちゃんたちがぐうぜん亜衣乃たちの近くにいてね、アキちゃんとまこおじさんが恋人同士だって写真を見せて、警察を説得してくれたの」
「ん?」
「せ、説得っていうか!二人いた警察の先輩っぽいほうがなんとなく理解してくれて、それで解放してもらえたんです」
榛名と霧咲が恋人だとバラしたのも亜衣乃なのだが、本人はそのことを忘れてしまっているようだ。
「へえ~あの人たちが……。そういえば、最初から俺たちの関係に気付いてたみたいだったしね」
「え!?ホントですか!?」
「うん。俺は船で写真を撮ってもらってる時に気付いたよ?」
「全然気づきませんでした……」
気付くどころか、彼女たちが声を掛けてきたのは霧咲が目当てだと嫉妬までしていた。一人だけとんだ大間抜けだと榛名は思った。
「それで、またアキちゃんがショクムシツモンされたら嫌だろうからって、そのお姉ちゃんたちがここまで一緒に来てくれたの」
「え。本当か!?それは俺からもお礼をしたいところだけど……名前とか住所は聞いてないの?」
「すみません、そこまでは……。でもタクシー代は出しました」
確かに、タクシー代だけでなく後日に何か物を送るくらいのお礼をするべきだった、と榛名は今更ながら後悔した。彼女たちがいなければ、自分は今頃警察の世話になっていたのかもしれないのだから。霧咲が戻るまでの話だが。
「そうか。明日またどこかで会えたら是非お礼をしたいな……妻と娘がお世話になりましたってセリフ、一度言ってみたかったんだ」
「………」
まだ、妻でも娘でもないし。というか男でも妻って言うのか?
そう思ったが、嬉しかったので榛名は黙っていた。
「じゃあ夕食までに一度温泉に入ろうか?暁哉も亜衣乃も疲れただろう」
「一番疲れてるのは誠人さんですよね」
「はは。まあね……旅行先でまで仕事をするハメになるとは思わなかったから。でもまあ、しょうがないけど」
「……そうですね」
急病人が目の前に現れて、医者が何もしないわけにはいかない。それは看護師である榛名だって同じだ。
「亜衣乃、お前温泉は一人で入れるのか?」
「当たり前でしょ。ちゃんとお風呂セットだって持ってきてるもん」
「家族風呂は俺たちと一緒に入るか?」
「ジョーダン言わないで!亜衣乃もう10歳なんだよ?子どもじゃないんだから!」
榛名は、自分の姉は何歳まで父と一緒にお風呂に入っていただろうか、と考えた。確か自分とは、姉が小学校を卒業するまでは一緒に入っていた気がするが……。ある日突然一緒に入るのを拒否されて、悲しかった思い出があるような、ないような。
「去年までは俺と一緒に入ってたのにな……」
少し淋しそうな様子で霧咲が言う。
「9歳と10歳の間には大きな壁があるの」
「まあ、大浴場には俺もお前を一緒に入れたくないけどな」
それは榛名も同意見だった。最近は本当に頻繁に幼女趣味の変態が捕まるニュースが多いので、可愛いムスメをわざわざ好奇の目に晒したくはない。そのことを思うと、自分が警察に声を掛けられたのは別段不思議なことではない、とも思うのだった。警察に対してそこまで怒る気にもならないというか。
「暁哉、大浴場と家族風呂ハシゴするか?」
「そうですね、まだ時間もたっぷりあるし」
夕食まで、まだ2時間は余裕があった。
「じゃあ亜衣乃、お前先に上がったら部屋に戻るなりお土産を物色するなりしていなさい。お金は渡しておくから。くれぐれも知らない人に付いていくんじゃないぞ」
「まこおじさん、亜衣乃を一体いくつだと思ってるのよ?」
「大きな壁を越えたばかりの10歳だろう?まぁ、俺たちから見ればまだまだ子供だけどな」
霧咲の言葉に、亜衣乃はタコのように両頬を膨らませた。その仕草がとても可愛くて、榛名は亜衣乃の頭をよしよしと撫でた。
「アキちゃん?」
「でもホントに気を付けてね。亜衣乃ちゃんはこんなに可愛いんだから……高級ホテルではあんまり無いと思うけど、変な人に無理矢理どこかの部屋に連れ込まれそうになったら大声で助けてーって叫ぶんだよ」
「はぁい」
傍から見れば榛名も亜衣乃を子供扱いをしているのだが、不思議なことに亜衣乃は榛名には腹が立たないらしい。霧咲は自分と榛名の違いは何だろうか、と暫し真面目に考えたのだった。
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