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第169話 二宮、色仕掛けをされる

すると、何も言えなくなった堂島の代わりに、二宮が口を開いた。 「……まあ、榛名主任が霧咲先生と仲が良いおかげで、俺たちスタッフは凄く助かってます。霧咲先生は優しいですけど、やっぱり助っ人として来てるから頼みづらいこともありますし。そういうときに榛名主任がいてくれると、助かるんですよね」 「あのぉ、2人は本当に付き合ってるわけじゃないですよね?」 「別によくないですか?付き合ってても。お似合いだし、俺たち透析スタッフは嬉しいですけど。それをネタにして霧咲先生をK大からウチに引き抜けるかもしれないし……」 「ああっ、そっかぁ!!」 「だからむしろ二人を応援してください」 「わたし、俄然榛名くんを応援するわ!!」 「私もー!!」  二宮はごく自然に嘘も付かずに(しかし真実にも聞こえずその上病院へのメリットまで付けて)榛名と霧咲のあやしい関係の話に収拾を付けた。 堂島は呆然と目の前のやり取りを眺めており、暫く反応ができなかった。 (え?え?……解決したのか?)  二宮の方を見ると、二宮も酒を飲む振りをしながら堂島の方を見ており、声には出さずに「バーカ」と小さく口を動かした。さすがに堂島もこれには何も言えず、身体を竦めて小さくなった。 (今日帰ったら、多分めちゃくちゃ怒られる……) それを考えると少し憂鬱になるが、今回ばかりは二宮に思い切り叱って欲しいと思った。 「じゃあ二宮さん、何か歌ってください!」 山本は二宮にデンモクを手渡す……かと思いきや、自分でそれを持って体当たりのように二宮にグイグイと身体をくっ付けてきた。 それを見た堂島は、(はぁぁ!?)となり、自分も山本の持つデンモクを覗き込む体で、二宮にグイグイと身体を身体を押し付ける。 左右からグイグイと圧迫されている二宮は、ここだけおしくらまんじゅうでもしているのか、とふと思った。 「あーじゃあ世代的にGLAYラルクあたりを……」 「えーうれしー!!GLAYとかめっちゃ好きなんですけどー!!」 「じゃあGLAY……」 「キャー、やったあ!!」 「二宮先輩、俺ラルクがいい!!ラルク派だし!」 「お前が歌えばいいだろ」 「一緒に歌いましょうよぉ!!俺ラルクならなんでもイケるっす!!」 「じゃあ、次な」 何故山本も堂島もそんなに自分に歌わせようとするのか二宮には理解不能だったが、大学時代にバンドを組んでいたこともあり、歌はそれなりに得意なので二宮は軽く披露した。 「ちょっ、めちゃくちゃ上手いじゃん二宮くん!」 「ズルい!!ズルいぞ!!」 その結果、ファンになったのは山本だけではなかったようだ。 そして堂島は、また一つ二宮のモテる要素(ただし持ち腐れ)を発見したのだった。 * なんやかんやで盛り上がり、カラオケに入って1時間は経過していた。 皆いい具合に酔っぱらってきており、室内はややカオス状態になりかけている。 堂島は一応幹事なので、あまり酔わないようにとチューハイを少しずつ飲んでいた。二宮は珍しくずっとビールを飲んでいる。不思議に思った堂島は、こっそりと聞いてみた。 「二宮先輩、今日は焼酎飲まないんスね」 「ん?こういうところの焼酎ってなんかマズいだろ。種類少ないし、安酒っぽいし。あと匂いが嫌いな人には迷惑かと思って」 「ああー……」 「お前と二人だったら飲むかもだけど」 「何それ、俺になら迷惑かけてもいいんスか?」 「迷惑だったか?」 「別に、んなことないっすけど……」 「じゃあ、いいだろ」 ひどい言い草だと思う反面、二宮が自分にだけは遠慮せずにいてくれることが嬉しいと思った。 思わずニヤけてしまいそうになったが、ぐっと我慢した。 「お前は飲みすぎるなよ、幹事なんだから」 「分かってますよぉ」 さっきから自分でちゃんとセーブしている。 でも、心配してくれているのは嬉しい。 なんだか家で呑んでる時のように、少し甘えたくなる。 (……少しくらいなら、バレねぇかな?) そう思って、二宮の手にこっそり触れようとした。すると。 「あ~ん、酔っぱらっちゃったぁ」 堂島と二宮の会話を遮るかのように、山本が少々大きめの声を出して二宮の肩に寄りかかってきた。堂島はあからさまにムッとしたが、二宮の表情は変わらなかった。 「山本主任、少し飲みすぎじゃないですか?」 「そっかな~、いつもはこんなもんじゃないのよお、あたし。今日は隣に二宮さんが居るから緊張しているのかもぉ……」 「じゃあ俺、誰かと場所替わりましょうか?」 「えぇ!?そんなのダメよぉ!」 「でも俺が隣にいると余計酔っぱらうんじゃ」 「はー!?もう……二宮さんって鈍感なんですね……そこは緊張してるっていう理由のほうを取り上げてもらわないと……」 「はあ」 一連の流れに、一番近くにいた堂島も、それとなく山本の様子を観察していたナースやコメディカルも思わず吹き出しそうになったのだが、全員がそれを堪えた。 「ちょっと俺、お手洗いに行ってきます。堂島、俺の番が来たらお前歌っといて。ついでに煙草吸ってくるから」 「え!?」 少し空気を読んだのか、二宮はまるで山本から逃げるように立ち上がった。 (先輩!そのパターンは悪手だってぇぇ!) 堂島はそう思ったのだが、もう遅かった。二宮が部屋を出た直後に、無言で山本もこっそりとついていくように部屋を出ていった。 「山本主任、いよいよ勝負に出るのかな」 「このまま二人で消えちゃったりするんじゃない?」 「うわ~モーションかけてるとこ超見てみたい!」 「俺はフラれると思うけどなぁ……」 注目の二人が居なくなった途端、全員好き勝手に自分の見解を述べている。 堂島も二宮が噂の当事者でなかったら彼らと同じように好き放題に言っていたのだろうけど、今回はそれどころじゃない。 本当は二宮のあとを追いかけたかったが、カラオケは自分の番が回ってきたし、それに今追いかけたらそれこそ空気が読めない奴になってしまう。 今は二宮を信じて、マイクを握りしめるしかなかった。

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