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第170話 二宮、山本主任に告白される

周りの何か期待しているような空気を、二宮も薄々感じてはいたものの――山本がなんとなく自分をロックオンしているということも――分かったところで自分には何もできないと思った。 なのでとりあえず対処法を考えようとトイレに立ったはいいが、これは悪手だったかもしれない。 もし自分が誰かを誘おうと思ったら…… 「……山本主任」 「ごめんなさい、待ち伏せとかしちゃって」 相手が一人になった時を狙って、落としに行くからだ。 案の定、山本はトイレを出たすぐのところの壁に凭れて二宮を待っていた。 「ええと……あの、俺今から煙草吸いに行くんですが」 「付き合います!」 トイレに行ったはいいが、具体的な対処法は何も考えていなかった。せいぜい、堂島に頼んで全員の席替えをして貰おうとか、そのくらいだ。 しかし相手ははっきりと『待ち伏せ』と言ったのだから、『山本主任もトイレですか?』などと言って逃げることもできない。 その上、喫煙者かどうか分からないが喫煙所まで付き合うと言う。 とりあえず話を聞くしかないか……と観念し、二宮は黙って喫煙所のある一階のフロント前まで降りて行った。 * 「ところで二宮さん、甘いものとかってお好きですか?」 山本も喫煙者だったらしく(喫煙所で遭遇したことはないので知らなかったが)、二宮が吸い始めたら自分も煙草を出して吸い始めた。 別に女性が喫煙するのは、二宮はなんの抵抗もない。 「いいえ。何故ですか?」 「あ、好きじゃないんですか……じゃあ、いいです。その、今日バレンタインデーじゃないですか。だから一応用意してたんです、チョコレート」 「そうですか。……えっと、俺にですか?」 「そうです」 「あー……せっかく用意して頂いたんなら、受け取りますけど」 「え、いいんですか!?」 いいんですかというか、そこまで言われて受け取らないのも鬼だろうと思ったのだ。 別にチョコレートを受け取るくらい、なんでもないことだ。ホワイトデーに礼をすればいい。 「酒のツマミにします。確かワインとかに合いますよね」 「二宮さん、ワイン好きなんですか!?私も実はお酒はワインが1番好きなんです!あの、良かったらこのあと二人で飲みにいきません?そこでチョコレート食べてもいいですし!」 山本の勢いに、思わず身体を反ってしまう。 「えっと……すいません。社交辞令でした。実は洋酒はあまり得意ではなくて…」 「あ、そうですか……」 (気まずい。気まずすぎる) 慣れない社交辞令など言わなければ良かった……と思ったが、もう後の祭りだ。 さっきまで一応アルコールを摂取していたのに、全部とんでしまった。 これならまだ苦手なハイボールやウイスキーの類を飲んで酔っていた方が良かったのではないか……と一瞬思ったが、それは多分堂島に迷惑をかけると思うので避けていたのだった。 そうこうしている内に、煙草も吸い終わろうとしている。山本の方も同じだったので、やや気まずい空気の中二宮の方から声をかけた。 「えっと……そろそろ戻りましょうか」 「あの、二宮さん」 「はい?」 山本は、急に何かを決心したような顔で二宮に向き合った。 「もう分かってらっしゃると思うのではっきりとお聞きしますけど……お付き合いを前提に、私とお友達になってもらうことは可能でしょうか?」 「………」 さっきも思ったが、山本は外科病棟の看護主任だけあってなかなか潔い女性だ。 その性格は好みではないが、決して嫌いではない。さっき酔っていたのも演技だったようだし、もし二宮がフリーだったならば、つい勢いで『いいですよ』と言ってしまいそうな…… だが、しかし。 「……すみません」 「理由をお聞きしても?」 「付き合ってる奴がいます」 付き合っている『人』と言えばよかった、とすぐに思った。これだと相手が男だと暗に示しているようだ。 二宮は堂島との関係を周囲に何がなんでも絶対に隠し通したい、というわけではないが、バレたらバレたで面倒くさいので出来れば隠しておきたいと思っている。 「そう、なんですか」 「はい。すいません……」 どうやら山本は気にしなかったようだ。そして振られたばかりだというのに、二宮に気にさせまいと直ぐに笑顔を作った。 「じゃあ、私から先に戻りますね!二宮さんは少し経ってから来て貰ってもいいですか?」 「あ、ああ、はい。分かりました」 一緒に戻ったらまた皆に何を言われるか分からない、と思ったのだろう。(実際には何も言われていないのだが、山本も色々感じていたらしい) 二宮は時間潰しがてら、新しい煙草に火を点けようと思った、が。 「あ!あぶない!」 先を行こうとしていた山本の脚が縺れて、その場に転倒しそうになっていたのを見て慌てて手を伸ばして抱きとめた。 どうやら酔いが足に来るタイプだったらしい。顔を覗き込んで、無事かどうかを確認する。 「山本主任、大丈夫ですか?」 「大丈夫じゃないです!もお……私が今日こんなに酔ってるのは二宮さんのせいなんですからね……」 「え?す、すいません」 なんだか少し目が据わっている。 もしかして、さっきまでのしっかりとした態度は少し無理をしていたのだろうか。それか、二宮に振られたせいで何かが吹っ切れたのだろうか。 どっちにしろ理不尽な言い分だとは思うが、ここは反抗しないのが得策だろう。 何せ相手は酔っ払いである。 「やっぱり手を貸して!部屋まで連れて帰ってください!私を酔わせた罰として、今日は私の隣から離れることは許しませんから!!」 「え?」 「あと、私のことを主任って呼ぶのも禁止ですよ!!」 「はあ」 「はあじゃなくて、はい!!」 「は、はい!」 「……よろしい。ウフフ、じゃあさっさと戻りましょう、二宮さん」 山本は何故かご機嫌な口調で、両手を二宮の左腕に巻きつけると密着したまま歩き出した。 二宮は山本に強引に引っ張られ、よたよたとしながら歩く。なんとなく連行されているようなイメージだ。 「あ、あの、非常に歩きづらくてですね……俺まで転びそうになるんですが、」 「ガタガタ文句言わない!」 「はい!」 やはり、理不尽だ。 そう思ったが、二宮は黙って山本に付いて行った。

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