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第173話 堂島、別れを切り出す

 堂島と二宮は、黙ってカラオケ屋の外に出た。楽しそうに喋りながら去っていく山本達の後姿が見えなくなるまで、二人で眺めていた。そして、気が付いたように堂島が言った。 「あ、俺カラオケの金出してねぇ……」 「お前がトイレ行ってる間に集めたんだよ。お前の分は俺が出しといたから」 「あー……いくらでした?払います」 「いいよ、別にあれくらい。俺一人で結構飯食ってたから多目に出しただけだしな」 「どーもっス………」  また、会話が途切れた。というより、意図的に口を噤んでしまってるのは堂島だけで、二宮の態度はいつもと変わらないように見える。そう見えるだけ、であるが。  でも、堂島はそんな二宮のわずかな変化に気付いていない。さっきまで本気で二宮に振られたと思っていたし、まともに顔も見れていないからだ。なのでつい、可愛くないことも言ってしまう。 「二宮先輩、俺別にひとりで帰れるからまだ飲みたかったら矢沢さん達に合流してきていいッスよ」 「あ?冗談言うなよ。お前をダシにしてこうやって抜けれたのに」 (は?ダシって……ひどい)  そう思ったけど、そこは突っ込まなかった。何だかんだ言って、二宮が自分を心配してくれて、一緒に帰ると言ってくれたことは嬉しかったから。  でも、まだモヤモヤは残っている。 ずっと堂島の胸の中で燻っている、薄暗い感情。 それはもはや自分ひとりの中には仕舞い込めないくらい、増大していた。 「……二宮先輩は山本主任と付き合うことにしたんだって、俺も勘違いしてました」 「え?他の奴が面白がって誤解すんのはまだいいとして、なんでお前が勘違いするんだよ?」  抑えきれなくて、無意識に言葉が口をついて出て行ってしまう。 「ほんとは、女の方がいいんじゃないかと思って」 (あ……、やばい) 「あ?」  思わず指先で唇に触れたけれど、出て行った言葉はもう、二度と戻せない。 自分が何をしているのか――言ってはいけないことを言っているのは分かっている。けれど、止まらなかった。 ずっと思っていたことだったから。 「二宮先輩も俺も男だし、やっぱり女の方がいいに決まってるっスよね!あのー、俺があの日先輩に責任取れっつったの覚えてます?あれ、もういいです。今日限りで無効にします。だから、これ以上無理に俺に付き合って貰わなくていいです」 「……おまえ、さっきから何言ってんだ?」 「だって二宮先輩、ほんとは俺の事なんか全然好きじゃないっしょ?だからもう、いいです」 「いいですってお前……」 (付き合ってんのにエッチもしないなんて、セフレ以下だろ。うん、悔しいけどそれは認めよう。あー、なんか泣きそう。でもまだ泣くな俺、もうすこしだ) 「だから別れましょ、サクッと。ね」 (せめて、一人になってから泣きたい……) 「あの時のことは、犬に噛まれたとでも思って忘れますから」  二宮に重たい奴だと思われたくないし、自分でも思いたくない。 堂島は今の職場を辞めるつもりはないので、恋人としての付き合いをやめたとしても、MEの先輩後輩という関係はこれからも続いていくのだ。二宮の方が職場を変えない限り。  だから、出来るだけ重たい空気を作りたくない。来週の勤務から、また普段通り今までと同じように話せるように。  そうするのは簡単だ、いつもみたいに軽くてチャラい感じで別れればいい。その簡単なことが、今はとても難しいのだけど…… 「だから、二宮先輩も…」 「堂島」 「なんっスか」 (やべ。ちょっと声震えたし……) 「ちょっと来い、ちゃんと話そう」 「え!?」 いきなりガッと左手を強く握られて、二宮に引きずられるように歩きだした。 「ちょ、ちょっと先輩!?俺はもう話なんか」 「お前が一方的に喋っただけだろ。俺はまだ何も話してないからな」 「っ、でもどこに行く気ですか!?そっちは……!」 二宮の足が向かっている先は、ラブホ街だ。 騒がしい飲み屋街の近くにあるが、そちらは妙に閑静で下品なネオンだけが所々騒々しい。 「今すぐ誰にも邪魔されずに話せる場所なんて、他にあるか?」 「………!」 (怒ってる……?) 二宮の口調はいつもぶっきらぼうで素っ気ないのだが、今はその中に僅かに棘があった。 (なんでわざわざこっちから別れを切り出してあげてんのに怒るんだよ。それに、これ以上話すことなんて他にあるか?) もしかして、自分の一方的な態度を怒った上で改めて振られるのだろうか。 (それってどんな苦行だよ……) 堂島はおとなしく付いていく必要なんかない、と思い二宮の手を振り切ろうとしたが、力では完璧に負けてるのでそれは無理だった。 「二宮先輩、手ぇ離っ……」 「もう着くまでお前は黙ってろ、一言も喋んな」 「……っ!」 ああ、嫌だ。 二宮の方から別れを告げられたら、絶対に泣く自信がある。 だから自分から別れを切り出したのに。 今ですらもう泣きそうなのに。 (ってか、俺、泣いてる……?うわ、超絶カッコ悪ぃ……!) 堂島の両目からは、ボロボロと涙が零れていた。 慌てて手の甲で拭うが、それは次から次に勝手に溢れてくる。 何か言葉を発すれば、自分が泣いているのが少し前を歩いている二宮にバレてしまうので、黙ってろと言われて助かった……のかもしれない。 つい一度鼻を啜ってしまった音が、聞こえてなければいいのだけど。 しかし、目的地に着くまでには涙を止めなければいけない。何としてでも。 (涙ってどうしたら止まるんだっけ……?) 堂島は、自分がかなりの意地っ張りだと自覚している。 前回――あの無茶苦茶なセックスの時は仕方なかったとしても、泣いてるところなんか本当は絶対に誰にも見られたくないのだ。 親にも、友達にも、恋人にも。 人前で泣くなんて恥ずかしいし、弱い奴だと思われたくない。 普段は他人に甘えたり軽薄な態度を全面に出してはいるが、本当の自分はかなりプライドが高くて厄介であると自覚している。 幼い頃は親姉弟にだけ、でも成長するにつれて他人に心を許すことなんて無くなっていた。 だから今まで恋人でも友人でも薄っぺらい付き合いしかしてこなかったし、それでいいと思っていた。 本当の自分を知られるなんて、おそろしいことだ。 今自分がこんな想いをしているのは、そんな生き方をしてきたツケでも回ってきたのだろうか。 今回も同じように、軽い付き合いをしているつもりだったのに。 (早く涙止まれ……クソッ) 同じ職場の、しかも同性の先輩をこんなにも好きになってしまっていたなんて。 始まりはあんな、言葉にできないくらい最低だったのに。 自分で自分が信じられなかった。

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