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第174話 ラブホにて、話し合う
(つーか男同士で手を繋いで、急ぎ足でラブホ街に向かってるとかあからさますぎじゃん。誰か知り合いに見られたらどうする気だよ……)
もう何人か道行く人に見られて、後方からヒソヒソと囁かれているのに気付いている。
『男同士じゃん、あれ』
『ラブホ行こうとしてるの?気持ち悪っ』
『やめなよ、聞こえてるって~』
時々、笑い声なんかも混じっていた。
自分がボロボロ泣いているから、余計に注目を浴びているのだと思う。
しかし二宮は聞こえているのかいないのか、周囲の反応は全く気にせず歩き続けている。
しかもスマホで何かを検索しているようだった。
(まあ、ラブホなんかに行ったところで何もしないのは分かってるんだけどさ。今日俺、ウイスキーとか持ってねえしな……)
どうせ最後なら、またウイスキーを飲んで豹変した二宮に酷く抱いてほしい、と少し思った。
言動は色々と最低だけど、行為自体は慣れれば気持ち良かったし――それが既に毒されていると思うが――二宮は次の日全く覚えていないし、酷くされればそのぶん最後の思い出にもなるからだ。
「あ、ここだ」
「?」
「男同士でも入れるホテル」
「はあ、そッスか……」
普通のラブホテルには男同士では入れないものなのだろうか。
その辺の事情は男と付き合ったことのない堂島はよく分からないのだが、何故二宮は知っているのだろう。
過去に男と付き合ったことはない、はずだが。
(別に今さらンなこと考える必要ねぇな。てか良かった、涙止まった……)
でもまだ目は赤いだろうから、堂島は顔を上げられず足元を見て、二宮に大人しく付いていく。
別れ話を聞きたくないから、自分の持ち物の中で何か耳栓の代わりになるものはないかな、などとぼんやり考えていた。
*
「ラストの部屋空いてて良かった……使われすぎだろ」
「土曜日だし、しかもバレンタインですからね」
「だって男同士なら関係なくねぇ?」
「世の中には乙女思考な男が沢山いるって事っしょ」
「あー……まあ、そうかもな」
堂島は自分も含めて――自虐的な意味でそう言った。
チョコレートなんか用意してないけど、自分の思考は十分に女々しいと思っているから。
ラブホなんて来たの、いつぶりだろう。
堂島は一人暮らしなので、彼女とそういうことをするのは大抵自分のアパートだった。
二宮とは……言わずもがなだ。
だからなんだか落ち着かなくて、無駄にドキドキする。
(ほんとに無駄なドキドキだな……何も起こらねぇっつーの、)
部屋の内装はとても一般的で、ソファーやベッドなどの家具は全体的にチープな印象だ。
薄ピンク色の壁紙が余計にそれを際立たせている。
二宮はコートを脱いで、丁寧にハンガーに掛けていた 。
堂島はそんなに長く居座るつもりは無いと思っているので、コートは脱がずにそのままソファーに座った。
「コート脱がねぇの?あ、寒い?温度上げるか」
「別に寒くはねぇっスけど」
「じゃあ、脱げば?」
「………」
ハンガーを差し出されたので、仕方なく堂島もコートを脱いだ。だいぶ的外れなことを言う二宮に少し気が抜けたからでもある。
そして軽装になった堂島はソファーに、二宮は向かいにあるベッドに腰掛けた。
二人の距離は、一メートルはある。
「……なんか飲み物頼むか?」
「いりません。あの、さっさと話したいこと話したらどうっスか?俺早く帰りたいんで」
「そう急くなよ。……じゃあ単刀直入に聞くけど、なんであんなこと言ったんだ?」
「はい?」
堂島は、チラリと上目遣いで二宮を見た。まだ目が赤いかもしれないので、堂々と顔を上げれないのだ。
「俺がお前のこと好きじゃないとか、女の方がいいとか今までそういうことは一度も言ったことねぇと思うんだけど、なんでお前がそう思ったのかが知りたい。あ、もしかして俺が無意識で言ってたなら謝るけど」
「何でって……」
確かに言葉にされたことは一度だってないけど、別れようと思った理由は一つしかない。
さっきの山本とのことは、結局自分の勘違いだったのだけど、……
「お前さっき別れようっつったけど、理由は俺がお前のことを好きじゃないからだって言ったよな。でもそうじゃなければ別れる理由になんねぇけど、実際のところどうなんだ?」
「どう、って……?」
「だから、お前の方が俺を理由にして別れたいんじゃないのかってこと」
「っ、そんなの!」
違う。
自分が別れたいから二宮を理由にしたなんて、そんな無責任な理由じゃない。
「そういうことならはっきりと言ってくれた方が俺だっていい、理由を俺のせいにするな。でも……他に別れたい理由があるのなら俺はそれが知りたいんだ。単にお前の勘違いだったなら、この話はもうこれで終わりだろ?」
「…………」
理由なんて一つしかない。
しかしそれを口に出すのはあまりにも……
「なあ、堂島。俺はお前のこと、責任取るとかそういうの抜きにしてもちゃんと好きだと思ってるよ」
「!」
「俺が言葉にしなかったことが原因か?でもお前だって俺の事好きだとかなんにも言わないから、言葉は要らないって勝手に思ってたんだよ、悪かった」
「違……違い、ます」
言葉が欲しかったんじゃない。
全然欲しくないわけじゃないけど、それは二宮も言った通り自分もあまりそういうことを言わないタイプなので、言葉に執着はない。
「じゃあ、なんでだよ?」
普段は絶対聞かないような優しい声で問われて、握りしめた拳にぐっと力が入る。
二宮はこんな声も出せるのだと、堂島は初めて知った。
「俺には言えない?そんなに深刻な理由なのか」
「……だって、ヒかれるし……っ」
「はあ?別にヒかねぇよ。大体俺の方が何倍もヒかれることやらかしてるわけだし……あ、まさかそれが理由か?ウイスキーならもう二度と飲まないから安心しろよ、二度もそんな……聞くところよる酷いことは、しないから」
「それは別にっ!」
「え、それでもないのか?じゃあ、何だ……」
堂島が理由を言わないから、二宮は当てるつもりなんだろうか。
腕を組んで、低く唸りながら真剣に考えている。
その理由が当たっても肯定すると決まったわけでもないのに、なんだか滑稽だ。
二宮のそんな姿に少しだけ箍が緩んで、堂島はぽろりと理由を口にした。
「して、くれねえから……」
「お、何」
もうやけくそだ、と思って怒鳴るように言った。
「ッ、だからァ!二宮先輩があれから抱いてくれねぇからだよ!」
「……え?」
「男なんか抱くのは二度とごめんだって暗に言われてるみたいで、だから俺……!」
(ああ!今なら俺、恥ずかしさで死ねる!!)
「……だから俺が女の方がいいんじゃないかって思ったのか?」
「そう……です」
顔を真っ赤にしながら、ゆっくりと頷く堂島。二宮は何度か瞬きをして、しばらくぽかんと口を開けていたが――……
「……ほら、やっぱりヒいて……ンっ!」
気付けば居ても立ってもいられず、ベッドから立ち上がってソファに座る堂島を上から押さえ込むようにして乗っかり、その唇に激しくキスをしていた。
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