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第175話 二宮、堂島を罵倒する
「ンッ、ンッ!ぷは、……ッ!に、にのみ、せんぱっ!?」
息をする暇もないくらい、激しいキスだった。呼吸をしようと口を開けたら、ぬるりとした舌が勢いよく入ってきて、口の中を縦横無尽に犯される。二宮のいつもの余裕なんて、微塵も感じられなかった。
いつの間にか唾液が溢れて、首筋に伝っている。あまりにも性急で、唇が腫れ上がるほど激しくて、堂島は二宮の両肩をつかむことしかできず、ほとんどされるがままの状態だ。
二宮は、いつもキスだけは優しかったのに――……
「はっ……はっ……」
数分後、やっと堂島は二宮のキスから解放された。
最中も鼻で息をしていたのだが、激しすぎるせいで十分に酸素が取り込めず、すっかりと息が上がってしまっていた。止まったはずの涙も、また零れそうだった。
それに加えて、身体の中心も熱い。
「せんぱ、何?いきなり激しすぎっしょ……」
「お前、なんだよそれ!!」
「え?」
いきなり大声を出す二宮に、今度は堂島がぽかんとする番だった。
「バッッッカじゃねえのか!?」
(な、なんでキスしたあとに罵倒!?)
これまで仕事でどんなひどいミスをやらかしても、このぶっきらぼうで優しい先輩は今まで一度も堂島を怒鳴ることなんてなかったのに。
「ンな理由……可愛すぎるだろうが!!!」
「……へ?」
「いやほんとにふざけんな、勘弁してくれ」
「せ、先輩?」
二宮はそのままぎゅっと堂島を抱きしめた。
そして、耳元で深いため息を着く。
「はー……堂島のくせに……」
「ちょっ、なんスかそれ、すげぇ失礼な感じ」
「いやごめん…だって、マジでお前……」
「なんだよ……」
あまりくっつかれると、中心が熱くなっているのがバレるので困るのだけど、離れて欲しくもない。堂島は、そっと二宮の背中に腕を回した。
「……堂島」
「な、に」
「抱いていいか?つーか、抱くけど」
「え!?」
「煽ったのはお前だから拒否権はねぇぞ。いや、拒否しねーか……」
「いやちょっと待ってちょっと待って先輩!?」
言われた通り拒否はしないが、そんな堂々と宣言されたら当然照れる。
「待たねぇよ」
「しゃ、シャワー浴びたいです!!」
「はあ?」
「はあ?じゃなくて真面目に!!色々じゅんびあるから……っ!」
「ああ……」
二宮は分かったようで、抱きしめる手を緩めた。ホッとするのも束の間――……
「手伝ってやるよ」
「はあ!?要らねえし!!」
「お前だって準備初心者だろーが。つーか俺がしたいんだよ、やらせろ」
「別に俺、準備初めてじゃねーし!!」
「え?」
あっ。
「せ、先輩がうち来るたび、毎回準備、してたから……」
なんだかノリで、素直に言ってしまった。
また二宮の「はあ――!?」というドスの効いた声が響いたが、堂島はそんな二宮をさっと押しのけると浴室まで一目散に走っていった。
堂島が準備をしている間、二宮はベッドの端に座ってぼんやりと思案していた。
……まさか、あの堂島がそんな可愛い理由で拗ねていた――別れ話まで持ち出すほどに――なんて、想像もしていなかった。
(あいつにあんな可愛い面があったなんてな……)
全然、知らなかった。
普段の、後輩として接してきた堂島とも、付き合い始めたあとの堂島とも、あまりにもギャップがありすぎる。
しかもそれは、確実に自分の好みをピンポイントで突いてくるギャップだった。その場で数秒間、口を抑えて悶えてしまう程に。
(参った……マジで……)
堂島は、第一印象は軽薄で手のかかりそうな後輩だと思っていたのに、仕事はわりと真面目だったり(しかも穿刺は自分より上手い)浮気性で飽きっぽいのかと思いきや意外と一途だったりと、二宮にとっては元々ギャップの激しい男だった。 けれど、ここまで激しいとは想像していなかった。
何故自分が堂島に惹かれたのか、何故付き合って責任を取るということをあっさり受け入れてしまったのか――付き合い始めたのち、自分でも不思議に思うことが何度かあった。
堂島は仕事仲間でさえなければ決して仲良くしたいタイプじゃないし、何より同じ男だ。
そういう対象として見るなんて、二ヶ月前まではありえないことだった。でも、手を出したのは自分の方が先らしいのでその辺りは何も言えない。
しかしここに来て、自分はなんとなく堂島に惹かれていたわけではなくて、本能的に惹かれる理由があったのだと二宮はやっと思い知った。
(あいつって意外とタチ悪ぃんだな……いや、俺が言うなって感じだけど……)
二宮は、堂島に手を出したくなかったから出さなかったわけではない。付き合い始めてまだ一ヶ月程度だし、いくら一度抱いていると言っても始まりが最低だったからこそ、大事にしようと思っていたのだ。『責任を取れ』と言われた言葉通りに。
酔って堂島を抱いたことは(残念ながら?)全く覚えていないし、過去にもそういったことは……あるにはあるのだが、それもまた覚えていないし(二宮はここで、俺って結構最低だったんだなとまた思い知った)、だから意識して男を抱こうとしてるのは今回が初めてなので、抵抗が無いわけではなかった。
二宮はゲイではないので、男を抱きたい、もしくは抱かれたいという欲求は全くない。
しかし記憶にないセックスをした翌朝の堂島は何故だか非常に可愛く見えて――こいつなら普通に抱けそうだな、と思った。抱かれたい、とは思わないが。
早く抱いてしまって、その感覚を確かなものにしたいとも思っていた。
しかし、堂島も二宮と同じく元々ノンケだ。顔を真っ赤にして『責任を取れ!』と言うぐらいだから嫌われてはいないのだろうけど、やらかしてしまった手前、自分本位でセックスになだれ込むなんて真似は出来なかったし、したくなかった。
二宮は、交際相手には常に誠実でありたいと不倫して出て行った父親の反面教師で常々思っている。彼のポリシーと言ってもいいくらいだ。ウイスキーを飲むとそんなポリシーも記憶も遥か彼方へ吹っ飛ぶが。
だから相手が男であろうと付き合っている以上は大事にしようと思っているし、堂島にはタイミングを見計らって許しを請い、そして抱こうと思っていた。なのに、抱かないことで堂島があんなに思い詰めていたなんて、考えもしなかった。
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