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第176話 堂島、今更緊張する
比べるのもどうかと思うが、今まで付き合ってきた中でそんな健気な女性は一人もいなかった。それがまさか同業者で、後輩で、しかも男の堂島……
(ヤバい俺、ギャップ萌えで堂島に殺されるかも……)
二宮の好みは、何度も言うが榛名を女にしたようなやまとなでしこなのだが、それは他人に説明するのにわかり易く言葉で表現しただけの好みであって。
全ての人間がとは言わないが――二宮も『好み』とかいう大まかで適当な概念など簡単に吹き飛ぶほどの勢いで、ギャップというものに非常に弱かったのである。
「二宮先輩?……頭でも、痛いんスか」
いつの間にか堂島がシャワーから帰ってきていて、バスローブ1枚で立っていた。不安そうな、少し困ったような顔で自分を見つめている。
いつの間にか二宮は、両手で頭を抱える姿勢になっていたのだった。
「あ、いや」
「やっぱり素面じゃ、俺なんて抱けませんか?」
「違う!断じて違うから!!俺も5分だけシャワー浴びてくるから絶対帰るなよ、いいな、絶対だぞ」
「はあ……」
そんなにしつこく絶対と言われたら、本当は帰れと言われているのではないかと無駄に勘繰ってしまうが、それはそれでムカつくので堂島はベッドに座って大人しく待つことにした。
(これでもし二宮先輩がシャワーから戻ったとき、なんでまだいるんだよ!とか言ったら絶対ぇぶん殴ってやる… …)
そう、心に決めて。
しかし自分がいない間、一体二宮はここに座って何を考えていたのだろうか。
(さっきはすっげぇエロいキスしてきたけど……一人になって冷静に考えたら、やっぱり無理だって思ったのかな……)
もはや、悪い方面にしか物事が考えられなくなっている堂島だった。
*
そしてきっかり5分後、バスタオルを下半身に巻いただけの二宮が慌てた様子で浴室から出てきた。
「あ、良かったちゃんと居たな」
「は?そりゃいますよ」
「いや、フリかと思われてたらやべぇなって思って…」
二宮も同じようなことを考えていたらしい。
堂島は少し気が抜けて、ほっと溜め息を吐いた。
「髪、もっとちゃんと乾かしてきたらどっすか。別に俺、黙って帰らねぇし」
「あ、うん、そうだな」
そう言って、二宮は再び浴室に戻った。
ここはラブホテルだが浴室がガラス張りで寝室から透けて見える――なんていうスケベな仕様ではないため、その点は堂島も安心した。
離れた場所からドライヤーの音が聞こえる。
(……ていうか、)
そこで堂島は気付いた。
いや、準備までしておいて今さら気付いたというのはおかしいのだが、二宮の『帰るな』がフリではなかったということは……
(俺、これからマジで二宮先輩に抱かれるのか?)
そういうことだ。
しかも、二宮はほとんど酔っていない――ほぼ素面に近い状態だ。そして自分もほとんど酔いは覚めている。
(うわあ……!!)
改めて意識し、今更緊張してきた。これならさっき襲い掛かってきた二宮を止めずに、勢いのまま抱かれてたほうがまだマシだった、と思うほどに。
(何、何だこれ……なんだこれ!)
既に童貞でも処女でもないのに(不本意ながら)、この異常な緊張感は何だろう。
身体はガチガチに固まり、心臓は音が外まで聞こえそうなくらい大きく高鳴っている。
(あ、そっか……)
初めて、ちゃんと『抱かれる』からだ。
それも自分が抱く方じゃなくて、無理矢理でもなくて、ちゃんと準備をして、しかもほぼ素面で、好きな人……に……
(うわっ、無理ムリむり!)
全身が一気に熱くなった。顔からは火が出そうだ。
ずっと、ずっと普通に抱いて欲しいと思っていた。
前以上に色々と男同士のアレコレを調べて、一人で後ろの準備もするようになって、今度はいつ襲われてもOKだぜみたいなまるでビッチのような心積りでいたのに……それなのに。
(うわあ~~……!!)
「堂島?どうした」
「あ……」
二宮が戻ってきた。態度はさっきと真逆だ。
さっきまでは自分の方が落ち着いていたのだが、よくよく考えて何故あんなに落ち着いていられたのだろうか。
こんな恥ずかしい時間、他に無いというのに。
「いや、なんでもありませ、」
「部屋暗いのと明るいのどっちがいい?……ま、初めてだし暗くするか。真っ暗にはしねぇけど」
二宮はそう言って、パチッと壁に付いているスイッチで照明を落とした。
ついているのは間接照明だけで、相手の姿形がぼんやりと確認できる明るさだ。
「さて、と……」
「うっ」
――ごきゅっ。
生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。二宮がベッドに近付いてきて、堂島の隣に腰を降ろした。そして……
「あのさ」
「はいっ!?」
おもむろに話しかけられて、思わず声が裏返りそうになった。
「俺、前回のこと全然覚えてねえからさ……もしかしたら上手く出来ないかもしんねぇ。変な風になったらごめんな」
「へ、変な風って?」
「それは俺もわからん。だから初めてなんだって、男抱くのは……あ、ところで俺が上でいいんだよな?今更譲りたくねぇけど」
「そ、それは別にいいっすけど」
「じゃあ、するから」
「いちいち宣言しないでください!!」
(こっちは恥ずかしさでどうにかなりそうだっつーのに!!)
「ンっ」
軽く、キスをされた。
そのまま流れるようにベッドに押し倒されて、キスもどんどん深いものに変わってくる。
チュッ、チュッ、チュク、チュプ………
舌は入ってこないけど、唇を食まれて優しく宥められるような、少し焦れったいようなキスだった。
髪を梳くようにして、頭を軽く撫でられている。堂島もそっと二宮の背中に腕を回して、ゆるく抱き着いた。
(二宮先輩のキスって、なんでこんな気持ちいいんだろ……経験値の差?)
「ふっ」
「!?」
いきなり笑われて、ビクっとした。
「お前、身体ガッチガチ。緊張しすぎだろ」
「だ、だって……」
(こんな、緊張するに決まってんじゃん!!)
「いや、可愛いけどな?処女相手してるみたいで……まあできる限り優しくするから安心しろ」
「その優しさ、1ミリでもいいから前回酔っ払った時に欲しかったっす」
「すまん」
まあ、あれはあれでヨかったけど……
というのは二宮には秘密だ。出来たらあのヤバめな扉はもう二度と開かないでおきたいと思っている。
癖になってしまったら、今後困るから。
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