213 / 229

数日前──。 「二宮先輩、やっぱり最近元気ないッスね」 「え」 堂島と機械室で2人きりで作業をしている時、ふとそんなことを言われた。今は絶賛仕事中だが患者はもう全員帰っているし、今は明日の透析液の確認と雑用をしているだけなので、定時までの時間潰しだ。 「そうか? 別にいつもと変わんねぇけど」 「そんなわけないっしょ、俺の目そこまで節穴じゃねぇですよ。……緊張してるんですか? 久しぶりのバンド演奏で」 友人の結婚式で、昔ウイスキーを飲んでやらかしてしまった相手に会うなど──ほぼ同じことをやってしまった恋人には絶対に言えるはずもないので、ここ数日の憂鬱そうな原因はそういう事にしておいた。 と言っても周りに気を遣わせないよう態度には気を付けているつもりだったのだが、堂島には見抜かれていたようだ。 「だから俺だけじゃなくって、もっと色んな人に聴いてもらえばよくないですか? 榛名君とか、有坂っちとか若葉さんとか」 「はあ?」 「そしたら緊張もちょっとマシになるっしょ」  二宮も別に堂島に聴いてほしかったわけではなく、どうしても聴きたいと懇願されたから部屋で軽く弾いただけなのに、何故か自分から聴いて欲しいと頼み込んだような言い方だ。そもそも二宮はバンド演奏することについては特に緊張はしていない。 全くと言ったらウソになるのだが、そこまで花形でもないので――。 「お前、俺がベース弾けること他の人には言うなよ……病院の忘年会とかで演奏してとか言われるハメになるんだから」 「えー、別に特技なんだからそれくらいいいじゃないですか」 「ギターとかサックスとかピアノならいいけど、ベースが一人だけ人前でどうしろっつーんだよ。みんなポカーンだろ」 「後ろで音楽を鳴らしとけば……」 「とにかく俺は、仕事関係に趣味は持ち込みたくねぇの。だからこの話は終わり」 「わかりましたよぉ……ま、俺もベース弾いてるかっこいい二宮先輩を独り占めできるからいっか!」 「調子のいいこと言いやがって」 「へへ」  心から調子がいいことを言っているとは分かっているものの、恋人にかっこいいと言われたら悪い気はしない。(目の前で弾いてみせたときも目をキラキラさせてさんざん先輩カッコイイ!! 抱いて!! と言われたので本当に抱いてやった)  二宮は素直な堂島が可愛くて、思わずその茶色い髪をくしゃっと撫でた。しかしその瞬間に――。  ガチャ 「すいません、二宮さんか堂島君いますー? 明日の新規の患者さんのダイアライザーの件でちょっと……あっ」 「え?」  堂島の頭を撫でているところを、急に機械室に入ってきた榛名にしっかりと見られてしまった。機械室は透析室の隣で、また休憩室に行く途中の通路にもなっているのでいちいちノックをする習慣はどの透析スタッフにもない。 「ご、ごめんなさい、お邪魔でした!?」 「いやいやいや榛名主任すいません、大丈夫です、ダイアライザーが何ですか!?」 「あ、えっと種類の変更があって……メモに書いてきましたのでこの通りに準備の変更をお願いします」 「分かりました」  二宮はもういつものポーカーフェイスに戻っている。しかし、さすがにそれだけでは先程堂島の頭を撫でていたことは誤魔化しきれなかった。 「あの……二人って結構仲いいんですね。ちょっと意外でした」 「えっ、あっ、まあ……後輩ですし?」  榛名も後輩として有坂を可愛がっているが、頭を撫でたことはない。でもそれは男女の違いなのかな、とも思った。 「堂島君、何か二宮さんに褒められるようなことしたんだ、エライね」 「榛名君、なんかその言い方俺のコトめちゃくちゃコドモと思ってるみてぇ~。まあ二宮先輩は俺に優しいッスからね、こんなん日常茶飯事ですよ」 「へえ、そうなんだ」 「おい、そんなに日常的に褒めた覚えはねぇぞ」 「そこは別にいいじゃないっすかぁ」  なんとか榛名は誤魔化せたようだ。別に榛名には堂島との関係がバレてもいいと思うのだけど、榛名はまったく想像していないようだし、仕事中に変な感じになっても困るのでとりあえず自然にバレるまでは黙っていようということで堂島と意見が一致していた。 「あー、いきなり榛名君が入ってきてびっくりしたっすね。でも今のは先輩が悪いですからー」 「う、そうだな……」  さすがにそれは自分でも分かっている。しかしここ最近の憂鬱の真の原因を深堀りされずに済んだことに、二宮は更にホッとしていた。

ともだちにシェアしよう!