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 ──そして、結婚式当日。    二宮はホテルに着いた途端、まず一番に坂口に『着いた』と連絡し、合流したあとに二人で受付に行って『本日はおめでとうございます』と言いながらお祝儀を渡した。  そして案内された式場の中庭で、久しぶりに会う大学の同級生の面々に挨拶し――その時、問題の山下の姿を見つけることはできなかった――その後現れた、白スーツの新郎の|仁科《にしな》と『久しぶり!』と感動の再会を果たした。 「二人とも今日は来てくれて本当にありがとうな! いや~しかしマジで久しぶりだな二宮、っていうかお前、大学ん時と見た目ほとんど変わってなくねぇ!? むしろ大学のときより男前度が増してるし。マジすげー……っていうか、ずりーわ」 「なんでズルいんだよ。太らねぇように気を付けてるだけだっつの」 「うわぁ、耳が超痛ぇ」 「お前は幸せ太りなんだからいいだろ、別に。――結婚おめでとう、仁科」 「おう、サンキュー! 」  姿形は随分変わったものの、中身は大学時代の明るい仁科のままだった。人付き合いがあまり得意でなかった二宮が無理をせずに楽しい大学時代を遅れたのも、ほとんど仁科と坂口のおかげなのでとても感謝している。  なので今日は本当にめでたい――とてもめでたい日であるのだが、たった一つの懸念が晴れなくて、なんとなく作り笑いのようになってしまうのが二宮は仁科に申し訳なかった。もともとにこやかなタイプではないので、特に不自然ではないし仁科にも気付かれていないのが救いだ。  それにしても、山下はなかなか二宮の前に姿を現さない。向こうが意識して二宮を避けてくれてるなら有難いのだが、そうでなければ――こちらが場所を把握して、できるだけ近寄らないようにしたいと思っていた。  卑怯だとは思うのだが、二宮はこれだけの期間があってもまだ山下に会う心の準備が出来ていなかった。今日はできれば会わずに、一言も話さずにもうこのまま帰りたい。しかしそれは隣にいる坂口が許さないのであった。 「おい二宮、ちょっとは落ち着けって。俺も一緒にいてやるから……とりあえずウェルカムドリンク持ってきてやったからこれでも飲んでろ」  いつの間にか坂口が両手にグラスを持っていて、そのひとつを二宮に差し出してきた。 「おう。サンキュ……ウイスキーじゃねえだろうな?」 「酒はシャンパンしか用意されてなかった。つうか俺がお前にウイスキー飲ますかっ! お前が豹変したの、まだ覚えてんだからなー」 「面目ない……」  自分が覚えていない失態を他人が覚えているというのはなんとも居心地が悪くてしょうがない。自分が悪いのだが――二宮は思わず出そうになった溜息をグッとこらえて、シャンパンとともに飲み込んだ。シャンパンはシュワシュワとした優しい刺激が喉に心地よくて、とても美味しかった。  しかし二宮の心配とは裏腹に、結婚式は順調に行われた。式の後は同じ場所で披露宴にうつり、メインとされていた二宮たちの余興のバンド演奏もギターヴォーカルである新郎の仁科が物凄く目立っていたので、二宮と坂口はほぼバッグバンド状態だった。事前に一度も合わせていないものの、それぞれの個人練習の賜物か、特に誰かがトチることもなかった。 そんなわけで特に緊張もせず、失敗もせず、滞りなく演奏を終えた。しかし、そこで問題が起きた。  二曲続けて良い調子で歌い終わった仁科が調子に乗って、「独身のお姉さま方~!! このイケメンベーシスト二宮修君は俺と同い年で病院勤め、しかも独身ですよ~!! 早い者勝ちだぁ~!!」などとふざけたことを言ったのだ。 「……は?」  坂口も独身だが、長く同棲している彼女がいる。(左手には指輪もしていて、ほぼ事実婚のような状態だ)二宮は恋人の有無を仁科にも坂口にも言ったことはない。なので仁科が事前に坂口に二宮の恋人の有無を聞いていたとして、坂口は適当に『聞いたことないからいないんじゃね』などと言ったに違いない。男と遊んでいるらしいと言われるよりはマシだが……  仁科のはた迷惑なマイクパフォーマンスによって二宮は注目を浴びることになり、その後は新婦の招待客のお姉さま方にものすごく話しかけられてしまうのだった。女性陣に囲まれた二宮は山下どころか坂口が近付くことすら難しく、この鉄壁が有難いような迷惑なような複雑な心境だった。  披露宴が終わったあとの二次会でも二宮はまだ女性陣から解放されなかった。(既に新郎新婦はおらず、二宮は帰り際の仁科に『選び放題だな! 頑張れよ!』などと応援までされてしまった)  しかし最初からすげない態度の二宮に最後まで付いてくる女性はおらず、三次会ともなるとようやく二宮は完全に解放されて、三次会会場のバーのカウンターで坂口と焼酎のロックを静かに飲んでいるのだった。 「お疲れさん」 「マジで疲れた……」  三次会まで来る面子は二次会の三分の一まで減り、それでもまだ数人が残っていてそれぞれバーの色んな場所で気の合う者同士で飲んでいる。 「つーかお前、付き合ってる人がいるなら最初から俺に言っとけよなー! そしたら仁科だってあんなことしなかったんだから」 「別に聞かれなかったし……普通自分から言わねぇだろ、恋人いるとか」 「そういう奴だよなお前は。まあでも結果オーライじゃね? 最後まで余計なこと考えずに済んだだろ」 「まあな……」  結局山下の姿は遠目で確認はできたものの、二宮が女性陣に囲まれていたため一度も話しかけられることはなく、彼は二次会で帰ったようだった。一度も目も合わせてこなかったことから、やはり二宮には二度と会いたくないと向こうも思っているらしい。  それで二宮は安堵して、気が抜けた状態で坂口と話していた。これでもう二度と山下と会う機会はない、と――。 「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」 「おう」  坂口が席を外し、二宮は一人になる。背後はところどころ騒がしいものの、バックではゆったりとしたジャズが流れていてなかなか雰囲気のいいバーだと思った。こういう場所に堂島と来たことはないので、今度連れてきてやろうかな、と思った瞬間―― 「隣いいかな? 二宮君」 「あ、どうぞ」  突然声を掛けられて顔を上げた。しかし二宮はその人物と目が合った瞬間、表情を失くして固まってしまった。  二宮に声を掛けてきたのは、既に帰ったと思っていた山下だった。

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