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「山下? いったいどうし……」 「僕と同じことをその彼にして、どうして付き合うまでに至ったのか経緯が知りたい」 別に最初から隠す気は無かった。むしろ今から話す気でいたのだが──山下の様子がおかしいので、二宮は思わず口を噤んだ。 ──言ってはいけないような気がする。 「だって次の日二宮君は綺麗に忘れていたんでしょう? 僕のときみたいに! なのにどうして付き合うことになったんだよ!?」 強く責め立てるように言われて、二宮はグッと言葉に詰まる。薄暗い照明に照らされている山下の必死な形相に、二宮は少し恐怖を覚えた。 「山下、いきなりどうしたんだ? 少し落ち着いてくれ。大声出すから注目を浴びてるし……」 「二宮君が僕に対して本当に申し訳ないという気持ちがあるのなら、教えて」 二宮がそう言っても、山下の態度は軟化しない。何故そんなに自分達の馴れ初めが知りたいのかも全く分からない。 二宮はこの質問には答えず、このまま黙って立ち去ることもできた。が、そうしなかった。父親のように無責任で狡い人間を嫌悪していたからだ。  しかし山下にとっての自分はそういう人間で……というか、今日は向こうから話しかけてこなければ、一生謝罪をする気もなかったのだ。──あまりに卑怯すぎる。  二宮は一気に自己嫌悪に陥った。父親のことを心底最低だと嫌悪しておきながら、自分も似たようなことをしている。 やはり自分はあの男の息子で、最低で卑怯で無責任な人間なのだ。でないと、酔ったからと言って同性でも見境なく襲ったりはしないだろう。  分かっていたのに、今まで気付かないフリをしていた。でももう、そんな自分とも向き合わざるを得ない。 二宮が今日山下と会うことをあんなにも憂鬱がっていたのは、コレが原因だったのだ。  ――自分でも今、ようやく腑に落ちた。 「……俺を殴ってくれないか、山下。もしくは慰謝料を請求してくれ。それ以外に償う方法が分からない……」  やはり昔のことだからと笑って赦してもらうより、殴られたり責められたりした方が精神的にはよっぽど楽だ。そして謝意と誠意を表すには金しかない。昔のこととはいえ、二宮は山下にそれほどのことをしたのだから。  ――しかし山下は、そんな二宮の言葉に更に激昂した。 「殴るだとか金だとか、そんなことは今更どうでもいいんだよ! 僕が聞いているのは二宮君と今の恋人との馴れ初めだ!」 「分かった、話すから山下、少し落ち着いてくれ、頼む」  遠くの席に座っていた坂口が焦った顔で立ちあがるのが視界の端に見えたので、二宮は手のひらを見せて『来なくていい』という意思表示をした。 「ごめん、取り乱して……。教えてくれる?」  二宮が素直に話すと言ったからか、山下はさっきまでの態度を改めて微笑みを浮かべて――目は全く笑っていないが――話の続きを促した。 「……責任を取れって言われて、」 「相手に? 朝まで一緒にいたの?」 「そうだ。俺はやっぱり全部忘れていたけど、あいつは俺に何をされたのかちゃんと覚えていて」 「僕と一緒だ。ていうか相手の子は元々ゲイだったの? お互い元々そういう雰囲気だったとか?」 「ゲイかどうかはちょっとグレーな感じではあったけど……男と付き合ったことはないと言ってたし、俺とはいい雰囲気もクソもない本当にただの同僚だった。──でも酔った俺が先にあいつに手を出した」 お前にしたみたいに、とはさすがに言えなかった。しかし山下は二宮の告白を聞いても、特に顔色は変えなかった。ただ関心があるのは、どうして二宮が無理矢理手篭めにした相手と現在付き合っているのか──それだけのようだ。  堂島は本人が自ら榛名を襲ったと自白していたので、元々バイの要素はあったのだと思う。けど堂島のことを知らない山下に、そこまで教えるつもりはない。 「責任取れってどういうこと? じゃあ責任を取るために付き合ってるの? お金を要求されたんじゃなくて?」 山下は眉間に皺を寄せて怪訝な顔をした。確かに自分たちの始まり方は、周りから見れば不可解そのものだろうとは思う。 ──けど。 「俺も最初はそうするつもりだったよ。けどなんて言ったらいいのか……最中に惚れられた、というか……それで、まあ。俺も無理矢理されたくせにそんなことを言いだしたあいつのことが可愛いと思ったから、付き合うことにしたっていうか……」 懺悔をしているのか惚気ているのか分からなくて、妙にしどろもどろになってしまう。 こんな情けない姿を他人に晒すのは初めてかもしれない、と二宮は思った。でも相手が相手なので逆らうことはできない。 「ふうん、でもそれって相手の子は勘違いじゃない? 一種の現実逃避っていうか、そういうのあるよね。監禁されてたけど相手を好きになっちゃった、みたいなさ。無理矢理犯されたことが男としてのプライドを傷付けられて、二宮君を好きだと無理矢理思い込んでるんじゃないの?」  山下は先ほどの優しい笑顔が嘘のように、顔を歪めて皮肉っぽく言う。二宮はこれ以上山下を激昂させないよう、言葉を選びながら話した。 「……それはないと思う」 「どうして? 確証があるの?」 ハッキリある、とは自分は堂島じゃないから断言できない。けれど堂島の二宮への気持ちが、プライドゆえの現実逃避だけとはとても思えなかった。 始まりは少々歪だったが、二宮は堂島にかなり好かれている自信がある。自分もなかなか口にはしないが、今では彼を好いている。

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