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⑪
次の日二宮は仕事休みだったので、朝から何度か山下に電話を入れたり、メッセージを送った。しかし平日のせいかどれもこれもことごとく無視されていた。
営業職で忙しいだろうし、昨日自分も同じことをしていたため文句は言えない。
しかし山下と繋がったところで、どう説得していいか分からない。自分と寝なかったからとて、山下は浮気をやめることはないのだ。ならば早く離婚した方が妻子は幸せかもしれない。騙されているよりは──。
(……………)
しかし同じように父親を失った二宮は、母と弟を悲しませた父親を今でも恨んでいた。騙されていても、せめて弟が成人するまでは偽りでも家族でいて欲しかったと思う。
二宮は成績が良かったので奨学金制度などを利用して大学に行かせて貰えたけど、弟は高卒だ。本人は『勉強嫌いだから別にいいし』と言っていたけど──。
もちろん山下と父親は違う人間なので、離婚しても養育費は払うかもしれないし、子どもにも会うかもしれない。そうならいいと思うが、実際のところは分からない。そして二宮は、自分がどこまで責任を負えばいいのかも分からない。
山下には父親のようなことはして欲しくないけど、そこまで口を出せる関係でも立場でもないのだ。
そして……山下の要求はもう一度二宮と寝ること、ひいては恋人になることだ。
山下は二宮に抱かれるためだけに離婚する、という結論を出した。
もし二宮が抱けばとりあえず離婚は回避するのかもしれないが、そんなことは絶対にしないし、結果的に誰も幸せにはならないのは分かっている。
「……はあ」
解決案など出さなくていいから、一度誰かに話を聞いて貰いたいと思った。自分ひとりで抱えているには重すぎるし、少し頭を整理するためにも……けどこんな話、誰に聞かせてよいものか分からない。
恋人の堂島にすべて話すべきかもしれないが、わざわざ昔のことを聞かせて傷付けたくない。山下と寝るつもりはないが、不安にさせたくもない。堂島は何も悪くないのに、自分が過去にやらかしたことでの因縁を背負わせたくなかった。
昔のことも知っている坂口が、話すには一番適任者だが、山下とも知り合いだし、出来ればずっと中立の立場でいて欲しいと思っている。
別に二宮は、坂口に絶対的な味方になってもらいたいワケではないので……(でも裏切られたら、それはそれで傷付くが)
榛名は……話自体は普通に聞いてくれそうだが、山下の妻子のことを聞いたら胸を痛めるかもしれない。
自分が霧咲の浮気相手だったと勘違いして癇癪を起こしたのはそんなに前のことじゃないし、あの時のことを思い出させるのは気の毒だ。
すると、他には……
「……あ」
なんとなく、適任者がいた。
*
「──すみません、いきなりお誘いして迷惑じゃなかったですか」
とある居酒屋の個室。二宮の向かいに座っている霧咲は笑顔ではあるが、明らかに困惑していた。
「まあ、何故榛名さんじゃなくて私なのかな? という理由は聞きたいですけど……」
「……距離感が良かったんです」
「距離感?」
二宮の答えに、霧咲は意外そうな顔をした。
「実は俺には今厄介な悩みがあるんですけど、それを相談するのは近過ぎず遠過ぎない人が良くて……それに誰でもいいわけじゃなくて。色々考えた結果、霧咲先生が適任だったんです。勝手にすみません、でも本当に他に話せる人がいなくて困っているんです」
「はあ、厄介な悩みですか……それって前に男同士で入れるラブホを聞いてきたことと、何か関係があります?」
霧咲は核心を突いたか? というような顔で二宮を少し上目遣いで見る。しかし二宮の対応は至極アッサリしていた。
「はい。その節はありがとうございました、おかげで助かりました」
二宮は動揺も誤魔化しもせず、ペコリと頭を下げた。二宮はその件でも霧咲には前々から礼をしたかったのだ。今回実現して良かった。
霧咲は二宮の反応が予想と違っていたことが少し面白くなさそうだったが、気を取り直して質問を続けた。
「……あの時何があったのか、聞いてもいいですか? というか、二宮さんはストレートでしたよね。何故男同士で入れるラブホなんか──」
「霧咲先生、俺の悩みを聞いてくれますか?」
二宮は霧咲に被せる様に聞いた。もし厄介事に関わりたくないという反応をされたら、もうこの時点で話すのはやめようと思っていた。
「それは勿論聞きますけど。でも私の質問にはなるべく答えてくださると嬉しいです。あ、もちろん榛名さんには言いませんよ」
「ありがとうございます。──じゃあ、とりあえず乾杯しましょうか」
二人とも目の前のビールジョッキを抱え、軽く合わせて乾杯した。
今日は二宮は日勤帰りで堂島と榛名は夜勤、霧咲は榛名に職場の同僚と飲むと嘘をついたらしい。恋人に嘘をつかせて申し訳ないが、霧咲はあまり気にしていないようだった。
テーブルにお通しと、頼んだお造りや唐揚げなどの晩御飯兼おつまみが少しずつ並べられていく。二宮は霧咲と酒を飲みながらダラダラと世間話をするつもりはないので、ある程度食べ物が揃ったところで本題に入った。
「──実は俺、今堂島と付き合ってるんですよ」
ブッ!!
霧咲がビールを派手に噴き出した。
「は!? あ、いやすいません、あまりに驚きまして……え、堂島君と付き合ってる?? じゃああの日ラブホに連れて行ったのって……」
「堂島ですよ」
「……その日からお付き合いを!?」
「いえ、もう既に付き合ってました」
「い、いつぐらいから……?」
「三ヶ月前くらいですかね」
「馴れ初めとかって……?」
「それもちゃんと話します」
二宮は堂島と付き合うことになった経緯を淡々と霧咲に話した。他人に話すのは初めてだが、相手が霧咲――同じ同性の恋人を持つ男――なので、意外とどうということもない。
霧咲は二宮の告白にだいぶ驚いていたが、徐々に受け入れていったようだ。
そういえば霧咲は未だに堂島が榛名に再び手を出さないか警戒しているみたいなので(堂島に『霧咲先生にいつも睨まれる』と愚痴られたことがあった)これで堂島への警戒心が解けるといいな、と思った。
馴れ初めついでに、男と寝たのは堂島が初めてじゃなかったことも伝えた。
「へえ……ウイスキーを飲むと理性と記憶がブッ飛ぶってことですか? なかなか面白い体質ですね」
「ていうかほぼ別人格になりますね。俺、飲んだあとのことは全然覚えていないんで、聞いた話ですけど……」
「暁哉に君と飲む時は絶対にウイスキーはダメだ、と進言しておこう」
「……よろしくお願いします」
先程まで霧咲は恋人を『榛名さん』と呼んでいたが、二宮が堂島と付き合っている『お仲間』ということに安心したのか『暁哉』と呼び(一人称も『私』から『俺』に変わった)だいぶ二人の距離感も縮まった感がある。
「……それで、悩みというのは? 堂島君とうまくいってないとか?」
「いや、すげぇ仲良いですよ」
「そ、そうなんだ」
二宮が真顔で言うので、霧咲は笑ったり突っ込んだりしていいものかよく分からず、結局サラッと流した。どう仲良しなのかもっと聞きたかったが、それはまた後で聞くことにした。
「実は先日友人の結婚式で、俺が昔手篭めにした相手と再会しましてね」
「ほう、それはそれは……」
「そいつは山下といって、今は既婚で子持ちなんですが」
「つまり、彼はノンケだったのか」
「いえ、ゲイだそうです。親の決めたお見合い結婚で、カモフラージュ婚、らしいです。カミングアウトは俺以外にはした事がなくて、奥さんは何も知らないと言ってました」
「……!」
急に霧咲の顔色が変わった。
二宮は、霧咲の実妹がかつてそのカモフラ婚の被害者であったことを知らない。妹の元旦那が、霧咲の元恋人であることも。
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