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4-2 胃袋を掴むのはどこの世界でも必須項目なのか
町には昼を大分過ぎてから着いた。関所でユーリスさんが俺の事情を伝えてくれて、簡単な身体検査をされて通された。そうして入った町は、結構賑やかなものだった。
関所から真っ直ぐに道が延びていて、その両側がお店っぽい。食べ物、武器や防具、薬屋、宿屋。国境の町だけあって物が多いし、宿屋も多い。
「贔屓の宿がある。今日はそこにしよう。明日もここに留まって、今後の旅の備えもしたい。マコトの服ももう少しいるし、護身用にナイフくらいはあったほうがいい」
「有り難うございます」
もうこの人に言われる通りにしよう。俺はこの世界の常識だったり日常だったりを知らないのだから、素直に従う。親切も今は受け入れよう。そんでもって、俺に出来る恩返しを考えよう。
ユーリスさんは進んでいって、少し大きな宿屋に入った。中に入ると一階は食事処っぽくなっていて、木のテーブルに椅子が沢山、カウンターの奥にはキッチンとお酒の棚がある。
受付に立っていた六十代くらいの男の人がユーリスさんを見て、親しげな笑みを浮かべた。
「こりゃ、ユーリスさん。クエストの帰りかい?」
「あぁ。二人部屋を頼むよ」
「二人部屋?」
人のいい初老の主人は首を傾げ、そしてユーリスさんの後ろに半分隠れた俺を見つけて目を丸くした。
「おや、彼は?」
「迷いの森で知り合ったんだ。異世界人で、あの森に落とされたらしい。もう少しでタネヤドシの餌食になるところだった」
「それは、災難でございましたね。いやはや、それにしても異世界人とは珍しい」
そう朗らかに言うばかりで、老人はとても親切そうに笑った。
「ですが、最初に出会ったのがこの方だったのは幸運ですよ。この方は紳士ですし、何より腕が立つ。存分に甘えても大丈夫ですよ」
「ははっ、そうも行かないですけど…程々に」
あんまり頼ると俺がダメ人間になる。これでもそれなりに苦労してきたんで、そう簡単に甘えるとかできない。今現在も、もの凄く心苦しいです。
ユーリスさんは苦笑して、マスターの老人から鍵を受け取った。部屋は二階の角部屋。室内はとても清潔で、けっこう広かった。
「明日は朝から買い物になるから、今日はゆっくり休む。歩き疲れただろ?」
「ははっ、ちょっと」
意外と距離があったし、何より俺とユーリスさんではコンパスに違いがありすぎる。腰から下が長いんだよ、やっぱり。俺は平均だと思ってたけど、それは思い違いだったのか?
「風呂もあるし、ベッドも清潔。荷物を置いたら先に食事にするか?」
「あっ、はい。あの、昨日で食料のストックが無くなったって言ってましたよね? それって、どうするんですか?」
俺はずっと思っていた事を聞いた。そして願わくば少しでも恩を返したかった。俺に出来る事なんて本当に微々たるものなんだけど、それでもこの人が喜んでくれそうな事をしたかった。
「あぁ、そうだった。食材を買って、ここのキッチンを貸して貰って軽く作るか」
「あの、それなら俺が」
「ん?」
首を傾げて、ユーリスさんは俺を見る。俺の方はけっこう慌てて言いつのった。
「俺、家事はそれなりに出来ます。料理も、困らない程度には。なのでよければ、作らせてください」
「いいのか? けっこう手間だが」
「俺がやらせて欲しいんです。俺がユーリスさんに返せる事って、他に思いつかないし。それに、出来れば俺も何かをしたいですから」
食い下がってみた。お返しをしたいという純粋な気持ちもあるが、俺はこの人の喜ぶ顔が見たい。
笑うとちょっと、精悍さが薄れて子供っぽい無邪気さがある。そういう顔をしてもらえると、なんだか「俺も何かできるぞ」という気持ちになるのだ。
「あまり気にしなくていいんだが…そうだな。実を言うと、その申し出は有り難いんだ。俺も単純な料理はできるが、手の入ったものは作れない。それに、同じ味になりがちで飽きるしな」
苦笑して任せてくれた人に、俺は満面の笑みを浮かべて力強く頷いた。
それでも今夜は一階の食事処でご飯。俺はシチューとパンを頂いている。
対面のユーリスさんは凄い量だ。シチューとパンは一緒だが、そこにサラダとステーキとお酒が並ぶ。しかも俺より一つの量が多い。
「マコトはそんなに少しでいいのか?」
「お腹いっぱいですよ」
苦笑すると、マスターさんが側にきて笑う。そして、俺の前に人間サイズのグラスを置いてお酒を注いだ。
「ユーリスさん、人間と竜人とでは食べる量が違いますよ。彼は人間としてはごくごく普通に食べています」
「そうなのか。つい自分の基準で見てしまうな」
苦笑して、食事を勧めていくユーリスさんの食べっぷりはいっそ気持ちがいい。こんなに食べてくれるなら作りがいがあるだろう。そして俺は気合いを入れた。明日、頑張ろう。
「あぁ、そうだマスター。明日キッチンを借りたいんだが、空いているか?」
「えぇ、どうぞ。よろしければまた、何かお作りいたしますよ」
二人はこんな会話をしている。どうやらユーリスさんはここで作って貰って、それを持ち歩いているようだ。
「いや、今回は彼が作ってくれるそうだ」
「ほぉ、この子がですか。それはよろしいですね」
ニコニコと言ったマスターさんが俺を温かく見る。そして何度も頷いた。
「竜人の方はそれは食べます。今お出ししている量でも、腹八分なのです。作る時には量を多く作らないと、あっという間に無くなってしまいますぞ」
「はい、心得ました」
本気で気合い入れないと。大鍋って、あるよね。
食事はどんどん進んでいく。俺は頂いたお酒をちびちび飲んでいる。甘くて、ほんのりと果物の香りがして飲みやすい。そこそこ飲めるから、この世界のお酒は楽しめそうだ。
「それにしても、本当に食べるんですね」
清々しいというか、呆気にとられると言うか。テーブルの上の料理はあっという間に消えていく。当然のようにお酒は水のように飲み込まれていく。
「竜人族と獣人族は食べる量が多いな。だが、エルフは小食で菜食を好む。魔人族などは食べ物は食べずにひたすら酒ばかりを飲むんだ」
「酒ばっかり!」
エルフの小食はなんかイメージっぽい。でも、魔族は酒で生きてるのか。
「本来は食事を取らなくてもいいらしい。体を巡る膨大な魔力を循環させて、それで生命活動ができる。食事や飲酒は嗜好品らしいが、奴らは特に酒が好きなんだよ」
「凄すぎて俺には理解が及ばないです」
腹減らないんだ、魔人。
「明日の買い出しは一緒に行こう。ここで馬を借りて、五日。途中に町もあるが、二日ほどは野宿がある。途中で何度か馬を休めながら行くから、その合間に昼食を取ろう」
「分かりました」
よし、俺の本番は明日。とりあえず一つ、役に立てないとな。
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