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4-3 胃袋を掴むのはどこの世界でも必須項目なのか

 翌日、店の開く時間を狙って行動開始だ。  まずは俺の日用品を揃えに衣料品店へ。そこで二枚ほど服を追加した。黒の七分丈くらいのズボンに、白い長袖シャツ、緑のベストは襟元が革紐で編み上げになっている。同じようなのをもう一つ買って、これでおしまい。  ナイフは握りやすいものにした。俺では戦うなんて出来ないから、食材を切ったりも出来そうなものにした。  後は食材。市場では俺の知ってる食材がそのままの名前で売っている。俺はそれらをとにかく買って、宿屋に戻ってきた。  キッチンを貸してくれたマスターさんが、調味料は好きに使っていいと言ってくれたので甘える事にした。  ユーリスさんにはのんびりと過ごして貰って、俺は食材とそれを保存するための容器をとにかく見つめ、腕をまくった。 「よし、やるぞ!」  まずは煮物を作ろう。味がしみるのに少し時間がかかる。  芋、人参の皮を剥いて、椎茸はがくも使おう。玉葱も忘れずに。肉は一口大。みりんと醤油と酒。砂糖は別で用意。味を調えたら根菜から順に鍋に入れて水を入れて、肉を重ねて砂糖を入れる。蓋をして煮えてきたら合わせておいた調味料も投入して、コトコト落とし蓋で煮ていく。  肉じゃがって、いつから家庭の味になったんだろう。  次は大根と鶏手羽の煮物。やっぱり骨付きのほうが出汁が出て美味しいんだよね。  大きな鍋に煮物が二種類。コトコトコトコト煮えていきます。  汁気も少し飛んできたら、火を止めて冷ます。この冷めたときに味が染みるんだよね。  この間に野菜をもう一品。小さめのジャガイモを油で炒めて味付け。バターを使うとコクが出る。  肉料理も少し。  今日は鶏肉を買ったので唐揚げにします。塩とレモン汁で下処理して、生姜、ニンニク、みりん、醤油で味付け。溶き卵をつなぎに、小麦粉を入れて衣をつけたら揚げるだけ。  なんだか一人暮らしを思い出す。まぁ、当時はこんな大量に作らなかったけど。今のこれって炊き出しと変わんない感じがする。 「美味しそうだな」 「え?」  不意に背後から声がかかって、手が伸びる。揚げて間もない唐揚げを一つ摘まむと、ユーリスさんはパクリと食べてしまった。熱くないだろうか。 「美味しい」 「本当ですか?」  なんだか安心して笑みがこぼれる。こんな家庭料理で喜んでもらえるなら、いくらでも作ろう。 「こっちは芋か?」  そう言いながら煮っ転がしも一つ。実に美味しそうに食べてくれる。ただ困ったのは、つまみ食いが本気食いになりそうな雰囲気があることだ。 「ダメですよ、これは今後の食事なんですから」 「あぁ、そうだったな。だが、本当に美味しい。マコト、もしも王都でいい就職先が無かったら、俺の料理番をやらないか?」 「俺が、料理番?」  示された就職先はなんだか誘惑が多い。俺は別に贅沢が好きなわけじゃないし、食べて行ければいい。慣れない場所で慣れない仕事をするよりは、親切なこの人の側で仕事をする方がいいかもしれない。  だがそれではおんぶに抱っこ。この人の善意にどこまで甘えるつもりだよ。男たる者ちゃんと自立して生計立てられるようにならないと、いざこの人がいなくなったら路頭に迷うよ。 「あの、候補に入れとく程度で」 「遠慮しなくていいんだぞ。A級の冒険者ともなると、体調管理も必要ではあるし、ほとんどが旅暮らしだ。食事に多少気を使ってもいいんだが、俺はからっきしでな。見かねた贔屓の宿屋や食堂の人が料理を作って俺に持たせるほどだから」  自嘲気味にユーリスさんは笑うが、俺は半笑いだ。体が資本のお仕事なのに、管理は適当ってダメじゃんか。 「あの、俺がついて行ける間は料理します」 「あぁ、助かるよ」  そう言って俺の頭をくしゃくしゃと撫でていく。うーん、身長差的に撫でやすいのかな。  何にしても俺はその後も数種類のおかずと、おにぎり、サンドイッチなんかを作って粗熱を取り、携帯容器に入れてどんどんウエストポーチの中に放り込んだ。宿が忙しくなる夕方前に全てを終えられて、ホッとしている。  その夜も宿でご飯を頂いていると、マスターさんがニコニコしながら俺にお酒のグラスをご馳走してくれた。  俺が作った料理を少し味見したいと言われて応じたんだけど、気に入ってくれてレシピを書いた。そのお礼らしい。 「これでユーリスさんも食事の心配いらないね。いや、ほっとするよ」 「あぁ、俺も嬉しいかぎりだ。優秀な料理番ができて頼もしいよ」 「そんな、俺はそんなに。料理だって、家庭料理ばかりだし」  昔婆ちゃんが教えてくれた料理の数々。好きだって言ったものは全部教えてくれたし、レシピも残してくれた。俺の数少ない宝物だ。 「マコトはどこでこの料理を覚えたんだ?」 「婆ちゃんが教えてくれたんです。小さい頃から手伝ってて、それで興味もって」 「マコトの、お婆さん?」  ユーリスさんが少し怪訝な顔をする。もしかしてこっちの世界って、祖父母と一緒に暮らす事ってないのかな。 「マコトは両親と死別でもしたのか?」 「え? いや、健在だとは思うんだけど。俺の両親は俺が小さい頃に離婚して、俺は親父に引き取られたんだけど仕事人間で。結局育児放棄状態になって、親父の祖父母に育てられたんです。優しくていい人達でしたよ」  俺にとってはもうどうでもいい話で、疎遠なんて当たり前すぎる。むしろ今更干渉されるほうが嫌かもしれない。それに、祖父母はとってもいい人だったんだから。  でもユーリスさんの瞳は気遣わしげに細くなる。マスターさんもそんな感じ。湿っぽいのは苦手だから、俺は思いきり笑った。 「気にしないで。最初からこうだと、両親との縁とか本当に感じないし。それに、俺の家族は祖父母だった。料理も裁縫も洗濯も掃除も、婆ちゃんが教えてくれた。爺ちゃんは仕事してたから、俺を養ってくれて上の学校まで出してくれて、しかもちゃんと貯金もしてくれました。もう、死んじゃったけど。でも、俺は本当に幸せだったよ」  ユーリスさんの手が伸びて、よしよしと頭を撫でられる。俺はなんだか少しだけ、寂しいような気持ちがわいた。 「マコトは強いな」 「強い?」 「いや、いい。マコトの料理が美味しい理由は、よく分かったな」 「?」 「幸せな思い出と味がするから、美味しいんだろ」  ちょっと恥ずかしい事をとてもすんなりと言ったユーリスさんに、俺の方が赤くなる。そんな風に言われるととっても恥ずかしい。ってか、顔がまともに見られない。  思わず俯いてしまうと、マスターさんは笑ってもう一杯、俺にお酒を奢ってくれた。

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