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5-4 王都を目指してどこまでも
「あ~ら、ユーリスじゃない。どうしたの、そこの可愛い子」
大きな茶色の猫耳が揺れ、長い尻尾が機嫌良さそうにゆらゆらしている。俺はその光景を見てあんぐりだ。事前に説明はされていたが、実際見るとどうだ。色々凄いぞ。
まず耳。大きな耳が音を拾う度にくるんくるんと動いている。動いているということは、本物なのだ。そして尻尾。ゆらゆら動いている。しかもちゃんと根元からだ。
凄い。なんか、とてつもなくファンタジーなものを見ている。
「迷いの森で見つけた異世界人だ。マコトという」
「異世界人! あら、珍しいじゃない」
猫の獣人らしいお姉さんは大きな緑の瞳を輝かせている。それにしても、目のやり場にこまる。かなり豊満な胸なのだが、谷間が見えている。いや、見せているのか?
「こら、ジーナ。マコトが戸惑っている。誘惑するな」
「あら、そんな事してないわよ。もう、ユーリスったら心が狭いな」
呆然としている俺を抱き込むようにユーリスさんが背に庇ってくれる。その様子に、ジーナさんはニヤニヤと笑っていた。
何にしても無事に部屋が取れて安心した。今は一階の食事処で軽めのご飯を食べている。
宿で食べられるならそうする事にした。ウエストポーチの中の食料はあくまで非常食。野宿しなきゃならない場面もあるから、そうした時用にとっておかないと。
「それにしても、獣人さんってインパクト大きいです」
俺の目は自然とジーナさんに向く。膝上の短いスカートに、体のラインが見える服を着たジーナさんは給仕の為にテーブルの間を縫うように動いている。このバランス感覚が凄い。皿を沢山持っていても全くぶれないのだ。
「そんなに凄いか?」
「あぁ、見た目が」
「胸が大きくて?」
「違います! 見た目で耳が動物だったり、尻尾があったりで。俺、最初にあったのがユーリスさんで良かったです。いきなり獣人の方だったら、流石にパニックになったかもしれません」
ユーリスさんも竜人だが、見た目は人と同じだ。目の端に金のラインが入っていたり、前髪に金のメッシュがあったりはするが竜っぽさはない。だからこそ安心出来た。
「獣人は種族によって姿が変わるからな。ジーナは猫だが、熊の獣人はとにかく大きいぞ。オオカミは戦闘能力が高いし、キツネは霊力が高い。虎やライオン、ウサギ、リスなんてのもいるな」
「見るのが楽しみですが、その度に驚くかもしれません」
苦笑した俺は、早くこの世界になれなければと内心ドキドキしていた。
俺が見ているのに気づいたのか、ジーナさんがこちらに歩いてくる。そして困ってる俺を楽しむみたいに隣に座った。ユーリスさんの目がどこか険しくなっている。
「もぉ、ユーリス分かりやすい。この子が可愛くて仕方ないんでしょ」
「え!」
「そんな事じゃない」
静かに言いながらも威嚇するみたいに睨んでいる。隣のジーナさんはとにかくニヤニヤして、俺の腕を組んでくる。豊かな胸が腕に当たって、なんて言ったらいいか分からず顔を赤くしてしまう。
「あら、マコトって可愛いわね。こんなんで赤くなって。もしかして、経験ないの?」
「それは、その!」
「あ、図星かな?」
「ジーナ!」
怒ったようなユーリスさんが睨み付け、ジーナさんは舌をペロッと出して離れてくれた。
「何か用か」
「もぉ、ぶっきらぼうね。美人なんだから愛想良くしないと」
「何か用か」
「はいはい。ちょっと気になる話があったから、耳に入れておこうと思っただけよ」
ジーナさんは途端に真剣な目になった。雰囲気が変わった事で、俺もユーリスさんも表情を引き締め耳を傾けた。
「最近、闇商人がここらで出るみたい。違法取引が行われてるって話」
「それは本当か?」
ユーリスさんの目が厳しくすがめられる。俺には具体的な事は分からなかったけれど、飛び出す単語で不穏さは伝わった。
「ほら、タネヤドシが繁殖のシーズンになったし、他にもね。マコトの身辺、気をつけてあげて」
「俺?」
突然名が上がった事に俺は驚いて自分を指さす。俺の何を気をつけるのか、いまいちピンときていない。
そんな俺に、ジーナさんは「当然」と言った。
「マコトはこの世界に不慣れだし、異世界人は珍しいもの。捕まったら最後、売られていいようにされてしまうわ。違法労働や違法な運びなんてことばかりじゃないのよ。マコト可愛いから、知らない奴の慰み者にでもなったら大変」
「何それ!」
もの凄くブラックな話に俺は驚嘆する。だって、俺の会う人はみんないい人だからそんな奴がいるなんて思ってなかったし。
でも冷静に考えればそんなはずがない。たまたま会う人がいい人なだけで、世の中そんなのばかりじゃないんだ。当然悪人なんてのもいて、悪い事だってある。
「マコトはまだこの世界の住民として登録されてないから、何かと使い勝手がいいのよ。違法な事をしても知る術がないんだもの」
「知る術がない?」
首を傾げた俺の前に、ジーナさんは自分の腕を見せてくれた。金色に茶色の宝石をつけたブレスレットがきっちりとはまっている。
「これが、この世界の住人として登録されている証。これがあるとね、ある程度の行動が記録されるの。関所を通ったりすれば分かるし、犯罪を犯せば記録される。でもマコトはまだないでしょ?」
俺の腕にそんな物はない。ってことは、俺はこの世界に居るのに居ないのと変わらないのか。幽霊みたいだな。
「ない事を望む奴がいる。大体が犯罪者だな」
「じゃあ、俺はそいつらにとっては欲しい存在ですか?」
「あぁ」
意外と危ない世界にドキドキする。何が怖いって、そういう奴が近くにいるかもしれないというのが怖い。
「まぁ、ユーリスの側を離れなければ大丈夫よ。誰も竜人に逆らおうなんて命知らずいないんだから」
「そう…なんですか?」
ユーリスさんを見上げると、片眉が上がる。そしてニッと鋭い笑みが返ってきた。
「竜人族は腕力あるし強いし、魔力だって高いからね。滅多なことじゃ逆らう奴なんていない。比較的穏やかな気性だし、怒らせなければ平気だから」
「そうだね」
穏やかという点では疑いようがない。俺はこの人が本気で怒る所なんて見た事がないんだから。
目の前の人は静かに食事を進めながら、やっぱり柔らかく笑う。それに俺も笑いかけてた。
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