19 / 73
7-1 A級モンスター登場
翌日の昼頃に俺達は町に到着した。馬屋にファイを預けて町のメイン通りにくると、様子の変化に俺は驚いた。
「凄い人ですね。お祭りでもあるんですか?」
町は中規模だろうが、人が沢山だ。俺は隣のユーリスさんを見上げたが、ユーリスさんも訝しげに首を傾げている。
「そんな事はないはずだ。何かあったな」
言うと、ユーリスさんは俺を連れてとある建物の中に入っていった。
無骨な感じの建物だ。扉を開けると筋骨隆々という感じの人が一様にこちらを見る。
俺は怯んでユーリスさんの腰に腕を回して抱きついてしまう。その俺の頭を、ユーリスさんは撫でてくれた。
「ユーリス!」
少し遅れて周囲からユーリスさんを歓迎するような声が上がる。さっきまでの殺伐とした感じはなく、とてもいい感じだ。
「良かった、お前がいれば奴を狩る事もできる!」
「何かあったのか?」
そう言いながら腰巾着の俺を連れたまま、ユーリスさんはカウンターへと向かっていく。そしてそこにいる男の人に視線を向けた。
多分、狼の獣人さんだ。猫耳のようだけれど、尖って凜々しい。尻尾もふさふさだ。赤みがかった茶色の髪と同じ色の耳と尻尾の、五十代中頃のちょい悪親父だった。
「何があったんだ、マスター」
「ユーリスか、丁度いい所に来てくれた。街道に、A級モンスターが出たんだ」
その言葉に、珍しくユーリスさんの表情が歪んだ。
「何が出たんだ」
「ティアマットだ」
側にいて、ユーリスさんが息を呑むのを俺は聞いた。
「それで、皆足止めをくらっていたのか」
「あぁ。宿屋は一杯だぞ」
「ここの上は?」
「空いてる。ただし、シングルだぞ」
「構わない」
「え? ユーリスさん?」
俺が声を上げたことで、ようやく俺の存在に気づいたらしい狼の獣人さんが視線を向けた。
「何だお前、恋人連れか!」
「恋人?」
「違う!」
ニヤリと笑う狼さんに反論するように、ユーリスさんが赤くなって否定している。俺は首を傾げてしまった。
「お前が誰かを連れてるなんて初めてだろ。どこで拾ってきたんだ、そんな可愛い子」
「違う! 彼は異世界人で保護したんだ。これから王都に向かうんだ」
「異世界人?」
狼さんがカウンターから乗り出すようにズイッと俺に顔を向ける。そして、マジマジとみられた。
「へぇ、こりゃ珍しい! あぁ、気をつけろよ。お前さんくらい可愛いと危ないぞ」
「あの、いや…」
この世界で俺はどれだけ魅力的に見えるんだよ。色々普通だったはずなのに。
「マスター、部屋を頼む。マコトはここの部屋にいてくれ。誰が訪ねてきても、絶対に部屋から出ないように」
「……え?」
それはどういう意味なんだろう。俺が首を傾げると、狼のマスターさんは理解したように頷いていた。
「俺はこれから直ぐにモンスターを討伐してくる。そう日はかけないから、マコトはここで待っていてくれ」
「あぁ、うん。それはいいんだけど…」
部屋から出ずに誰が訪ねてきても出るなって、どういう意味だろう。俺が疑問を深めると、ユーリスさんが耳元に唇を寄せてきた。
「前の町で聞いただろ? 闇商人がいるかもしれないと」
「あ…」
俺の頭でも覚えている。俺は珍しいから、そういう人に需要があるそうだ。捕まったらそれこそ、大変な目にあうだろうって。
「闇商人に商品を売り渡すのは大抵が道を外れた冒険者だ。そういう輩がここにいる可能性もある。ここは冒険者がクエストを受ける為のギルドだからな」
そう言われると俺は怖くなる。周囲を見回して、俺を見ている人が全員そう見えてしまう。身を固くした俺の頭をマスターさんがガシッと撫でた。
「心配すんな! こいつは腕のいいA級冒険者だ。直ぐに済ませて帰ってくるさ」
ユーリスさんに鍵を渡し、俺はそのまま二階へと上がっていく。そして、割り当てられた部屋を開けた。
部屋の中はごく普通のシングルの部屋だ。簡素だけど使いやすい。シャワーとトイレも完備だった。
「ここに結界を張っていく。マコトが扉を開けなければ誰も入ってこられない。だが、開けてしまうと招き入れた事になるから気をつけてくれ」
「あの、ユーリスさんは…」
危険なモンスターを倒してくるのだろうか。怪我はしないだろうか。無事に戻ってきてくれるだろうか。
昨日の事を思い出す。俺は怖くなってガタガタ震えた。俺は今ユーリスさんを失ったらどこにも行けない。この世界にひとりぼっちになってしまう。思うと怖くて、震えてきた。
ユーリスさんの手が俺の頭を撫でる。優しく、穏やかに。
「今日は行かない。町に出て、マジックバッグを一つ買おう」
「あの…」
「君が作ってくれた料理をそっちに少し移しておく。それで食いつないでくれ。飲み物も買いためておこう。あと、お金も」
「あの!」
「一週間たっても俺が戻らなかったら、もしくは部屋の結界が消えたらカウンターにいた狼の獣人の所に行ってくれ。無骨だが、面倒見のいい人だ。俺からも言付けていく」
「そんな!」
それは、絶対はないってことだろうか。危険だって事だろうか。
止めて欲しい、行かないで欲しい。俺は駄々をこねるように首を横に振って腰に抱きつく。
どうして行かなきゃいけないんだ。そのうち、倒されてしまうのを待ったっていいじゃないか。どうしてそれをしちゃいけないんだ。
「行かないで」
呟くように出た俺の言葉に、ユーリスさんは困った顔で微笑む。そしてとても優しく、頭を撫でてくれた。
「放っておけば被害が大きくなる。街道に出るなんて珍しいが、だからこそ大変だ」
「だからって…」
「人が死ぬばかりじゃない。人の流れも滞り、物流が止まる。大変な事になるんだ」
駄々っ子をあやすみたいにユーリスさんの手が背中を撫でる。俺は、なかなか離れられない。
「約束する、必ず王都へ連れて行く。だから、今は離してくれ」
困らせてしまっている。それは分かっている。俺は何度か深呼吸をして、そっと腰を離した。
「戻ってきてくれますか?」
「あぁ」
「…それなら、お金はいりません。食べ物と飲み物だけ備蓄して、引きこもります。ユーリスさんが戻るまで、この部屋を出ません。ユーリスさんが戻らなかったら、俺ここで飢え死にします」
当てつけのように言うと困った顔。それでも頷いて約束してくれた。
ともだちにシェアしよう!