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14-1 失恋を経て俺は第二の家族を得た
ユーリスさんの屋敷を出た俺は、ひたすら歩いた。町を一つ、二つと越えても足を止めなかった。近いと見つかってしまう。そう思ったから。
竜の国には五つの王家があり、五つの領域があるらしい。それぞれの領域を王家が治めている。全部をひっくるめて、竜の国なのだとロシュが教えてくれた。
そして俺は今、大きな町に辿り着いた。
見上げると奥にお城のような建物がある。抜けるような青空の下に、青い屋根の塔を持つ城が見えていた。多分、王都なんだと思う。
ここまで来る中、俺は色んな人に助けられた。泊まる場所もお金もない俺は野宿覚悟だった。モンスターがいないなら、大丈夫だと思った。
けれど実際はかなり辛くて、倒れそうになった。けれどこの世界の人はそんな俺を心配してくれた。
食事を食べさせてくれた人、家に泊めてくれた人。ここまでだって、野菜を運んでいた荷馬車のおじさんが俺を見つけて乗っけてくれたんだ。
門をくぐって王都に入る。人がとても多くて賑やかだ。俺はそこにフラフラと入っていった。
食べてなくて、寝てなくて。俺は倒れそうになりながらもなんとかしようとしている。
まずはここで職を探そう。少しでもお金を貯めたら、また次に行こう。
町を歩きながら、俺は辺りを見回す。仕事を探す、その為にどこに行ったらいいのだろう。この世界に職安ってあるのかな。
キョロキョロしながら歩いていた俺は、注意力も散漫に前を歩く人の背中にぶつかって尻餅をついた。力が入ってなくて踏ん張れなかった。
俺がぶつかったのはがっちりとした背中。スカートを履いているから、女の人だ。でも、背も高いし大きい。太っているというよりは、がっちりしているが正しい背中だ。
「おや、大丈夫かい?」
赤茶色の髪と同じ色の瞳をした女の人は年齢的に30代後半。明るい雰囲気で気力溢れる顔立ちだ。
「あんた、大丈夫かい? なんだか顔色が悪いし、随分痩せて」
「はい、大丈夫です」
心配そうに手を差し伸べてくれる女の人の手を借りて、俺は立ち上がった。でもやっぱり足がふらつく。
元々徒歩の長旅なんて経験のない体は素直に悲鳴を上げているんだと思う。ぶつかった時に気力の限界を迎えたらしい。
「本当に大丈夫かい? フラフラして。どこか具合が悪いのかい?」
「あの、そういうわけじゃ…」
グウゥゥゥゥゥゥッ
獣のうなり声かよってくらい大きく鳴った俺の腹に、俺自身は顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。
当然そんなの目の前の女の人にも聞こえていて、赤茶色の瞳が驚いたように見開かれ、次には笑われた。
「なんだい、お腹空いてるのかい」
「あぁ、いえ、あの!」
「家きなさい。アタシん家すぐそこで宿屋やってるのよ」
「でも!」
「若い子が遠慮なんてするんじゃないの! ほら、おいで」
グイグイと引っ張られて、俺はその女の人の宿に連れてこられた。
女の人の宿は本当にすぐだった。こじんまりとした温かい雰囲気の宿で、一階は食事処だ。女の人がドアを開けると、奥から男の人が顔を出した。
短い緑色の髪に、同じ色の瞳に眼鏡の細い男の人だった。年齢は40代だろうか。穏やかで、少し学者っぽい雰囲気がある。
「マーサ、その子はどうしたんだい?」
「青い顔して倒れそうだったから連れてきたんだよ。お腹が空いて死にそうでね」
元気いっぱいな女の人が俺を椅子の一つに座らせる。オドオドしていると男の人が奥へと引っ込み、次には山盛りのパスタとサラダとスープを持って俺の前に置いた。
「あの…」
「賄いで悪いが、食べていきなさい」
「でも俺、お金が…」
「若い子が細かい事を気にしなくていい。食べて元気になるのが先だよ」
少し厳しく、でも優しい。お父さんみたいな男の人の言葉に、俺の胸はジンとした。でも、明らかに量が多すぎる。
「あの、俺こんなには食べられません」
「遠慮なんてするんじゃないのよ」
「いえ、遠慮じゃなくて! 俺、人族なので」
言うと、女の人も男の人も驚いたように俺の顔を覗き込んだ。そういう二人は竜人さんだ。金の前髪に目尻の金がちゃんと分かる。
「あら、本当だよ! いやぁ、随分小さくて細いと思ったら」
「それではこの量は食べられないな。どれ、私たちも一緒に食べよう」
驚いて、それでも温かく迎えてくれた二人は皿を三枚出して料理を取り分けてくれる。俺には少量。それでも少し多いけれど、優しさが身に染みた。
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